「どうしたらいいの?」
私は迷っていた。
手に持っているのは、さっき拾った財布。
財布を警察に届けるべきか、それとも私の物にしてしまうべきか……
普通だったら考えるまでもなく『交番に届ける』一択。
けれど、私はどうしようもなく迷っていた……
というのも、今の私はお金がない。
オタクグッズを買いそろえたせいで、今日の晩飯にも困っている。
そんな明日も分からぬ私の前に現れたのが、お札でパンパンの財布。
金欠でなくても心が揺れる財布である
これだけのお金があれば……
いけない、いけない。
私は生まれてこの方、清く正しく生きてきた。
これまで警察のお世話になったことは無いし、その予定はない。
だから少しのお金が欲しいために、人生を棒に振るなんて――
チラリ。
何回見てもお札でギッシリ。
手にもお金の重みがズッシリ。
10万――いや30万以上あるよね、これ!!
ああ、喉から出る程欲しいお金。
私の物にしたい。
でもダメよ。
もしそんな事をしたら、警察に捕まっちゃう。
そうなったら、押し活が出来なくなるわ!
ああ、どうしたらいいの!
私は辛い現実を前に選択を迫られる。
そんな時、頭の中で悪魔がささやいた。
「いいじゃん、パクっちゃいな」
悪魔がとろけるような声で、私を誘惑してくる
なんという魅惑的なお誘い。
けれど、私は財布を自分の物にすることにしり込みしていた。
「なんだよ、ビビってのか?」
「はい、そうです。
生来の臆病者なもんで」
「はあああ」
悪魔が呆れたように、ため息をつく
危なかった。
私がビビりじゃなかったら、財布をパクらされていたよ。
そうだよ、悩む必要なんてなかった。
ビビりの私に財布をパクる事なんて出来るはずがない。
これでお心置きなく財布を届け――
「だったらら、一枚だけお札を抜き取って届ければいい」
「え?」
「こんなに札があるんだ、一枚くらいとっても分かりはしない。
分かったところで、アンタが取った証拠もないしな」
「いや、でも」
「これはお互いにとって利益になる話さ。
財布の主は30万無くすところを29万とりもどることができる。
アンタは手間賃で1万もらう。
いい話だろ?」
なんという悪魔の囁き。
これが悪魔の本気か。
ビビりという弱点をいともたやすく突破して来るとは……
でもそっか。
そうだよね。
わざわざ交番まで行くんだから、手間賃くらいは貰ってもバチは当たらないよね?
じゃあ、さっそく一枚だけお札を――
「待ちなさい!」
そんな私の決意を遮るように、私の頭の中で声がする。
「誰?」
「あなたの心に住む天使です!」
なんと天使であったか。
タイミング的に、私が悪魔になびこうとしたのを止めに来たのだろう。
ホッとしたような、がっかりしたような、複雑な気分だ。
「なんだよ、天使。
いいところだから邪魔すんな」
悪魔は邪魔されたのが不愉快だったのか、舌打ちしながら天使に悪態をつく。
「コイツは納得したんだ。
天使の出る幕はない」
「いいえ、私は天使として、この方を導く義務があります。
それに悪魔よ、あなたは間違ってます。
儲けさせようとして、結果損させているではないですか!」
「なんだと!?」
悪魔の顔が、見る見るうちに怒りで赤く染まっていく。
「損な訳あるか!
手間賃を貰って何が悪い。
素直に財布なんて届けたところでお金は手に入らないんだよぉ!」
「入りますよ」
「「え?」」
私と悪魔は、天使の言葉に耳を疑う
「落とした財布を届けられた場合、届けた人は謝礼を受け取る権利があるのです。
これは断る方も多いのですが、裏を返せば受け取っても良いのです。
相場は一割くらいなので、今回は約3万円がノーリスクでもらえますね。
リスクを負って、一万抜き取るだなんてありえません……
悪魔よ、恥を知りなさい」
◆
私はあの後、交番に財布を届けに行った。
交番に到着したとき、ちょうど落とし主もいたので、スムーズに謝礼をもらうことが出来た。
やったぜ。
「ふふふ、臨時収入が三万円。
今日は晩御飯奮発しちゃう!」
私は近くにあったファミレスによって、メニューを見る。
「ふむふむ、お勧めは季節もののパスタと、この店オリジナルのパスタか。
どうしよっかな」
トッピングや味付けに違いがあるらしいが、写真を見る限りどっちもとてもおいしそうだ。
是非とも食べ比べをしてみたいが、さすがに両方は食べられるほど、大食いではない
季節とオリジナル。
どっちがいいだろう?
悩む。
悩んじゃう。
だってどっちもおいしそうなんだもの。
私は天使と悪魔がウォーミングアップをしている気配を感じながらも、言わずにはいられなかった。
「選べない!
こんなにおいしそうなパスタが二つもあるなんて、私、どうしたらいいの?」
11/22/2024, 3:57:22 PM