『相合傘』 No.91
「じゃあ、またね~、アミ!」
そう、言われた。部活の無い友達に手を振り返し、私は部活に向かった。アミがさしたパステルグリーンの傘をみて、
そっか、雨なのか。
と今更気付く。それは冷たくて、鋭い雨が容赦なく校舎に打ち付けていた。
部活でぼーっと、水滴が滴る窓を覗いた。ここ三階から見下ろす中庭は雨によりぐちゃぐちゃで、緑生い茂る木々も灰色に見えた。そこに、ぽつぽつと生徒の影が映った。中庭によく生徒が溜まって話すのだが、やはり雨と言うことにより、いつもより少ない。そこにひとり、見覚えのある男子がいた。
─…橋屋くん。クラス替え当初、「はしや」と読むのに時間がかかったから、よく覚えてる。目元の凛とした、静かな人だった。校門には向かわず、中庭の中央の屋根付きベンチで、誰かを待っている。
そんな橋屋くんは、雨が似合う、と思った。
「…み!─アミ!!アミの番だよ!」
「あっ、!」慌てて楽器を口に付ける。
吹きながらも、後頭部で橋屋くんを見ている、そんな気がした。
部活が終わって、靴を履き、傘立てから傘を抜こうとしたときのことだった。
「…ない…?」
私のビニル傘がない。朝、ちゃんと握ってきたのに。ああ、どうしよう。今日はお母さんが早く帰ってこない。連絡しても…無理だ。
いっそ、濡れて帰ろうと鞄を頭に乗っけた、その時だった。
「…柳井」
一瞬、どきっとした。聞き覚えのある深い声。しっとりとした、雨のような響き。…この声は…
「─橋屋、くん。」
「傘、ないのか…?」
「うん…持ってきたはずなんだけど。」
一瞬、沈黙が訪れた。雨の音だけが校舎に響く。その沈黙を気まずくおもい、気付いたら私は
「…またね。」と発していた。
二、三歩水溜まりをまたいだら、
「…まてよ。」
と引き留められた。
「…冷えるから、ひえ、るから…はいっていきな。」
顔をそらす、橋屋くん。私は目玉が落ちたかとおもった。今、なんて…?
「…ほら。」
黒い傘を片手で広げ、私を誘う。恐る恐る横に入る。さっきから心臓音がうるさい。橋屋くんに聞こえてないかちらりと伺ったが、顔をそらしてばかりでよくわからなかった。
ぎこちなく足を進める。橋屋くんがロボットみたいに一歩進むと私も一歩すすみ、また一歩、という感じ。これじゃ日が落ちる…と思ったら、いつの間にか私の家の前だった。え?と思った。私の家は、学校からかなり遠いはずだ。…あっという間、だった。
「…またな…。」
一瞬目があったけど、静電気にあったみたいにバチッとお互いそらした。
それから、傘から出て家の敷地内に飛び込んだ。静かな足音が後ろを去った後で、もう一度橋屋くんを見返す。橋屋くん、私よりまだ遠いところに住んでるのか。
冷たかったはずの雨が、暖かくなったような気がした。
6/19/2023, 10:33:59 AM