かたいなか

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「自分の執筆スタイルは、そうそう簡単に変えられねぇし、こだわりも捨てられねぇわな」
食わなけりゃ脂肪だって捨てられる筈なのに、なんで俺のコレは、いつまでも捨てられねぇんだろう。某所在住物書きは己の腹のプニプニをつまみながら、プルプル揺らした。
「昔っから日常ネタが比較的得意だったし。書き終わったら音読で誤字脱字等々チェックするし。
文章は会話文が多くて、たまに過去投稿分のどこかと繋がるカンジのハナシを書くし。なによりその『昔書いたもの』を女々しく後生大事に保存してるし」
捨てられねぇものを捨てる方法って、何だろな。心を鬼にでもすんのかな。
たぷたぷたぷ。物書きは文章の話題ともダイエットのそれとも知れぬ呟きを吐き、スマホをいじる。

――――――

「良いなぁ。イ〜イ〜なぁー」
「何が」
「私もお土産にスイカとメロン欲しい。茹でモロコシ食べたい。公園で夜ピクして夏野菜三昧したい。先輩今週の土日で里帰りして私も連れてって」
「お前には実家から届く野菜だの何だの、毎年シェアしてやっているだろう」

「先輩の故郷で食べたいの」
「切符を買え。一人で行ってこい」

8月もようやく後半戦。
私の職場では、早速先週の3連休でコロナ貰ってきた人が、あっちの部署で4人、そっちの部署で5人6人してて、相変わらずリモートワークの奨励と感染予防対策の徹底がアナウンスされてる。
万が一のことを考えてって、雪国の田舎出身っていう私の先輩は、今年も帰省しなかったらしい。

「最後に里帰りしたのいつ?」って聞いたら、それはコロナ禍前の2019年。
隣部署の宇曽野主任と一緒に、静かな田舎でトウモロコシ食べたり、スイカを土産にお貰ったりしたとか。
うらやましい(露骨)
私もデカい公園貸し切ってピクニックしたい。
非常にうらやましい(大事二度宣言)

「そういえば、先輩がリモートワークで在宅してる間に、ちょっと小耳に挟んだの」
さて。週末金曜、コロナ感染者ちょこちょこ続出中な職場のお昼休みは、いつかの第8波のピーク時の頃程度に少し静かだ。
「例の常識も融通も利かない、正論ばっかりの中途採用君いるじゃん。上司との情報共有不足で、危なくデカいミスするとこだったって」

「『デカいミス』?」

「捨てられない契約書あるじゃん。金庫室保管で、いつまでも捨てちゃいけない方の契約書」
いつものテーブルで、いつも通りお弁当広げてコーヒー置いて。ちょっといつもよりデシベル低い休憩室でランチ。
「アレをね、『契約から◯年経過した契約書をファイルから抜け』って指示されて、『抜いちゃいけない契約書』のこと教えて貰ってなかったらしくて」
「『捨てられないもの』を『捨てた』?」
「捨てる直前で例のオツボネ元係長が気付いたの」
誰が観てるとも知らないテレビモニターの、ニュースと雑談をBGMに、今日も今日とて他愛もない雑談。
近くのテーブルに座ってる別部署さんが、私の話に思うところがあったみたいで、背中は向けてるけど「そうそう」って小さく何度か頷いてる。

「責任は誰が?」
「中途採用君。『教えて貰ってなかった例外』に、気付くことができませんでしたってことで」
「相変わらず理不尽なことだな」
「それで中途採用君今ドチャクソ荒れてるらしいよ」
「はぁ」

情報共有と例外伝達、大事だね。
ふたりしてため息吐いて、他部署のミスの話は、それでおしまい。
私達は目の前のお弁当をツンツンしてもぐもぐする、幸せな作業に戻った。

8/18/2023, 3:23:14 AM