季衣

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私には、足音だけで
誰がこちらに向かってくるのか
わかる人が何人かいる

そのうちの1人は
私を20年以上担当してくれた
理学療法士(PT)さんだ。

ランドセル選びから、
大学の卒業時の袴姿、
私の子供時代も
就職や一人暮らしの開始も
ずっと見守ってくれた人だ。

コロナ禍で卒業式ができなかったので、
袴姿で写真だけ撮ったのだが、
その写真を見て
「あなたがこんな笑顔を見せるなんて。
大学時代が充実していた証拠だね」
と、涙を流すほど、
私の体も、心も、支えてくれた人。

今は部署異動されて、
センター内にはいるが
会うことは無い。


その人はリハビリのセンターの中を
常に走っていた。

しかも、車椅子や杖を使って
ゆっくり移動している人や
麻痺の影響で
歩く時に大きく揺れてしまう人が
たくさんいるセンターの中で
誰にもぶつからずに、軽快な足取りで。
どんな訓練をすれば
そんなことができるのか。



そうして、私の顔を見て
「1ヶ月、どうだったー?」と笑顔で聞く
嬉しかったことも、辛かったことも、
全部を彼女に聞いてもらってきた。

両親との関係が
あまり良くない私にとって、
彼女は愛着基盤そのものだった。
訓練前も、後もハグをするのが
お決まりのルーティンだった。

そして、また颯爽と走っていく。
彼女を足音で判断する人は
割と多い。
「なんか、他の人と、
生きてる速度が違うよね」
と、今もお世話になっている
ワーカーさんは笑う


あとから知ったのだが、
彼女の部署異動が決まり、
私の担当をはずれることになった時、
支援チームは頭を抱えたという。

彼女に完全に依存して、
依存することで心を保っていた私に
いつ、誰が、どんな環境で伝えるか

結果的には
ワーカーさん同席で
私はそのニュースを知った


泣き叫ぶ私に、
「センターの中にはいるから!!
ワーカーさんも作業療法士さんも
変更はないから!!
絶対大丈夫だから!!」
という彼女の目も
心のなしか赤かった。



会える機会はかなり少なくなったが
きっと、今の部署でも、
その軽快な足音を響かせながら
誰かのために走っているのだろう。




「足音」

8/18/2025, 11:48:55 AM