水上

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日々の常ごと。当たり前のようにそこにあって、まるでそれらには特別な価値がさほど無いかのように錯覚させる。
慣れというものに潜む恐ろしさを思った。

ため息に似た息を吐き、シキは空を見る。どの世代を歩いても、空だけは地上ほど代わり映えない。

そこにあった景色。ここにいた人。時間の移ろいの中で、うたかたのようにかえっていく。どこかへ。

この古ぼけたあばら家にも、かつては人が住み、笑顔と笑い声に満ちる時間があったことを、彼女は知っている。

大切な時間が過去となり、決して帰らないことを知る。失われたものに、次などないのだ。

腰に下げた小瓶も満ちた。彼女はまた次の場所へ行かねばならない。それが彼女が色彩屋である所以だから。

花売りの娘にもらった花弁の色をつめた小瓶を、色彩屋はためらいなく傾ける。床は瞬く間に色とりどりの花で埋め尽くされた。

弔いにしては賑やかな色と空気が満ちて、シキはふっと目を伏せた。懐かしい面影を思って、過去の自分を思って。



〉日常 

いつぞや書いていたオリジナル。の、断片。

その歩みは時を跨ぎ、世の中の色だけを頼りに人と繋がる無色彩の存在。誰もその顔は思い出せない。

色彩屋という色を扱う女性のお話。

6/23/2022, 2:20:17 AM