赤とんぼ

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【君と出逢って、】


「君に出逢えて良かったよ。」
私はそう言って銃の引き金を引いた。

銃弾が彼に到達するまでの間、今までの思い出がフラッシュバックしていく。
彼の頭に赤い花が咲いたその瞬間、涙がとめどなく溢れた。必死に平然を取り繕おうとしているのに、申し訳ないという感情が押し寄せてくる。そして、彼が死んで悲しい、という今までにない感情も。

きっとこれは恋だったんだろう。


彼と私が出逢ったのはちょうど二年前、同期が死んでしまった私は、そいつの墓に添える花を彼の店へ買いに行った。
「お疲れですか?」
「え?」
唯一の同期が死んで、気が滅入ってしまった私は、とても暗い顔をしていたのだろう。彼の顔が本当に心配そうに私の顔を覗き込んでいた。
「ああ、少々仕事でやらかしましてね、」
「そうなんですね。疲れた時は花を育てると良いですよ。育てるのが難しいなら見るだけでも。きっと疲れが取れますから。」
彼は優しい口調でそう言った。
真剣に私のことを考えてくれている彼に対して、私は、そんなのはお前の持論だろう、と意地の悪いことを考えていた。「そう。」と適当に相槌を打って、梱包された花を彼から剥ぎ取り、店を出て行った。そんな私を見ても、彼は終始、心配そうに私を見ていた。

それから彼と話すことは無かったが、やたらと人の死ぬ仕事だ。定期的に花を買いに行った。その度に彼は私の体調を心配してくれた。私はその心配の言葉を全部適当にあしらって、ろくに聞いてもいなかった。今思えば、聞いておけば良かったと思う。

ある日のことだ。バディが死んだ。相棒だった。いつも一緒に、辛いことも悲しいことも乗り越えてきた相棒だ。私のせいで死んだんだ。相棒は、私を庇って死んだ。流石の私も精神にきたのか、仕事をしばらく休んだ。二週間ほど部屋にこもって、ひとしきり泣いた。ふと私は、相棒の墓に花を供えていないことを思い出した。私は重い腰を持ち上げて、花屋に行った。彼はまたもや私を心配した。今までにない心配の仕様だった。私が直前まで泣いていたために顔がぐしゃぐしゃだったのと、着の身着のまま来たのでボロボロの服を着ていたからだろう。でも私はそんなことどうでも良かった。彼から花を奪い取って、そのまま走って相棒の埋められた墓まで行った。
けれど、彼は追いかけてきた。
彼は息を切らしながら、私を追いかけてきたんだ。
私はなんだかそれが堪らなく嬉しくて、つい彼にみっともなく泣きついてしまった。そうして河川敷で彼に私の人生について話した。さすがに仕事の内容は言わなかったが、私が両親に先立たれたこと、それから残飯を食べて育ったこと、死と隣り合わせの職に就いたこと、同期が死んだこと、相棒が死んだこと、全部全部話した。話をしている間、私の涙が止まることはなかった。いつしか、彼も私につられて泣いていた。
その日から、彼と私はよく話すようになった。

彼の名は『村本 悠里』。小さな花屋の店員である。彼は本当に優しかった。次第に私は、用がなくても花屋に立ち寄るようになった。その時点で、私は彼のことが好きだったんだと思う。最初は彼の言葉を無視していたくせに、随分と都合のいい女だと思う。
けれど彼といる時間は私の血生臭い日々の唯一の安らぎだった。彼といると、自分が普通の人になれたような、そんな気がした。彼に勧められて、今まで全く興味のなかった花も育てるようになった。彼との交流は、色のないモノクロの世界に、美しい色を与えてくれた。
彼と、彼の育てた花が好きだった。
しかし私はそのどちらも、この手で壊してしまったんだ。

「次の標的はこいつだ。」
上司から一枚の書類が渡された。
私は自分の目を疑った。そこに記載されていた写真は、彼だったから。
彼の父親は大きな会社の社長らしいのだ。そんなこと彼は教えてもくれなかった。長男である彼がいなくなると、跡取り候補が次男に移る。次男と手を組んでいる我々は、次男に大企業の社長をやらせた方が都合がいいのだ。
私は上司に殴りかかりそうになるのを必死で抑えた。
人の命はそんな理由で踏み躙られていいものではない。でもそれは今まで私が平然とやってきたことだ。だから、彼であっても平等に殺すべきだ、と思った。今思うと頭がどうかしていたんだと思う。でも彼を殺さねば、と思った。それが、私が生きていくための道筋だったから。

そして今日殺した。
彼と少し雑談をした後、「カサブランカは咲いたの?そろそろ咲く時期だったよね?」と彼に問いかけた。彼はそう聞いた瞬間、パァッと顔を明るくして、「咲きましたよ!鈴木さんに見てもらいたかったんです!」と心底嬉しそうな声を出して、店の奥の方へ下がって行った。「黄色いカサブランカが見たいなぁ」と私は彼に向かって話しかけつつ、スーツの内ポケットから拳銃を取り出し、背中に隠す。「鈴木さんが花に興味を持つなんて、嬉しいです!」と店の奥から声が聞こえてくる。その声を聞いてちくりと胸が痛む。だが気づかないフリをした。
「これです!綺麗でしょ」
その瞬間、彼の時間が止まった。
その理由は勿論、私の手に拳銃があり、その銃口が彼に向けられていたからである。
「おもちゃ…ですか?」
「私に色々な花のこと、教えてくれてありがとう。私の体調や仕事のこと、いつも心配してくれてありがとう。」
私は彼の質問を無視して一方的に話す。
自然に、目頭が熱くなる。
「ありがとう、ごめんね。」
私は引き金に指をかける。

「君と出逢えて良かったよ。」

私はそう言って引き金を引く。
彼の頭には、彼が育てていた花のような美しい赤い花が咲いていた。
彼の手に乗っていた黄色いカサブランカの花は、彼の血で真っ赤に染め上げられていた。

私は溢れる涙をスーツの袖で拭いながら、自分のこめかみに銃口を向ける。
最期に彼とお揃いの赤い花で、頭を彩ろうと思ったのだ。

もし来世、彼とまた会えるなら、また花の話をしよう。今度は無視しない。一言一言大事に聞く。そして、もし君が許してくれるのなら、君の恋人にしてほしい。

私は指先に力を込める。
ゆっくりと引き金を引くのと同時に、口を開く。
どうせなら君に直接言いたかった、私の最期の言葉。

「愛してる、」

5/5/2026, 2:34:30 PM