河原を歩いている。
自宅から何分もかからない距離にある川は、昔から俺の散歩コースだ。勉強に集中できない時や寝付きが悪い時なんかにはよく、親や兄弟には内緒でこっそり家を出て適当に歩き回る。
今夜も今夜とてゲームの合間の息抜きにこっそり抜け出してきた。河原には誰もおらず、水の流れも穏やかだ。周囲の街頭と月明かりの下、水面がゆらゆらと揺れている。
俺はこの時間が好きだ。
昼間は勉強や部活に明け暮れ、夕方は家族の喧騒に紛れながら身の回りのことをこなしていく。俺の家族は良くも悪くも皆、賑やかな人たちばかりで、落ち着いて過ごすということを知らない。さっきまでいた自室からは何かスポーツの試合番組を観ていたのだろうか、居間から歓声が壁越しに響いていた。
草を蹴り、石を蹴る。
静かな川を眺めながら、俺はズボンのポケットに両手を突っ込む。高校生である自分にはやらないといけないことが多い。
勉強。
部活。
そして、進路のことを考えること。
進路ねぇ、と思わず溜息が漏れる。
勉強は数学と歴史が好き、部活もまぁまぁ、あと好きなことは、ゲーム。主に格闘ゲームが好きかな。などと色々頭を巡らせるが、どうにもしっくりとはこない。
ばしゃ、と川の向こうで魚か何かが跳ねる音がした。
何となく気になり、音がした方へ歩いていくといつの間にか橋の下まで来ていた。コンクリートの柱には誰かがスプレーで描いたであろうローマ字の落書きが柱いっぱいにかかれている。
こういう落書きって誰が描いているだろうな。
そっ、とローマ字の端を撫でる。不良かアーティストか、それとも普段は学生やサラリーマンをしているのだろうか。やっていることの違法性はさておき、そのセンスは少々羨ましいとさえ思える。
俺にも何か特別なことが出来るのだろうか。
ふと、柱の影でごそごそと黒いものが動いた。急なことで鳥肌が立ったが、すぐに動いたものの正体が分かった。
黒い子猫だった。
生まれて何日かは経っている様子だが、親猫の気配は感じられない。他に猫はおらず、この子猫だけだ。捨てられたのか、親猫に何かあったのか。
みぃ みぃ
赤ん坊の靴のような鳴き声をあげながら、子猫は、てとてと、と近づいてくる。足元までやっとくると小さな頭を上げて俺をじ、と見つめてきた。
今、俺が出来ることはきっと…
そっと子猫を抱き、頭を撫でながら、どう説明したものか、と河原を後にした。
時が経ち、俺は社会人になり、実家を離れて一人暮らしを始めた。
あの日河原で拾った子猫はすっかり大人の黒猫になり、今でも実家でのんびりと暮らしている。
今思うとあれはきっと何かに導かれていたのだろう。
そして最近も何かに導かれている気がしている。
そう思い、今日も今日とて仕事終わりにゲームセンターへ足を運ぶのだった。
【赤い糸】
6/30/2024, 1:11:17 PM