裏返し。
今日もまた、あなたの負け。
「はい。貴方の負けよ」
一人の端くれ遊女に惚れ込んだ、一人の実業家の青年。
「どうしても、ダメですか?」
「だめよ。表だったらって言う約束だったでしょ?」
青年は、苦虫を噛み潰したような表情をしている。私が、了解をしないから。
「……何で、身請けをさせてくれないんですか?俺、頼りないですか?」
「違うわ。私が生涯、此処に居たいだけよ。決して貴方が頼りないわけじゃないわ。」
青年は何だが泣きそうな顔をしている。けれど、決して涙は見せない。
そんな健気さが私は堪らなくなる。
「今日はもうお仕舞い。分かったでしょ?どんなに通ってくれても、私が貴方になびくことないわ。こんな卑しい遊女なんて諦めて、早く違う、綺麗で素敵な女性と結婚しなさいな…」
違う…本当は違うのよ。
私だって、貴方の事好きよ。大好きよ。
けれど、こんな私と結婚したら、貴方は周りから酷く言われてしまう。そんな事、絶対に嫌なの。
貴方の事好きだから、愛してるから…
「……もう、来ては駄目よ。良いわね」
「……………」
青年は何も言わずに部屋から去っていく。
その後ろ姿を見ながら、私の目には、涙が溜まっていく。
もう、来ては駄目よ。
さよならをしたのだから、もう、絶対に来ては駄目よ。
「………さようなら……、愛してる」
一人の遊女が呟いた愛の告白は、彼に届くことはなく、満月の夜の静寂に掻き消えていくのだった。
8/22/2023, 10:20:14 AM