saku

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電車に乗っていた。
車内は空いていて、通路を隔てた窓際の席にはスーツ姿の男の人がすやすや眠っていた。黒いネクタイに大きな紙袋。法事とかの帰りかな。

窓の外は一面の稲だ。夏の光を反射しながら次々と流れて行く緑色。
私は遠くの山々を見る。見慣れない稜線をゆっくりとなぞって行く。
この路線を毎日使う人にとっては懐かしく、親しみのある曲線なのだろうなあ。そんなことを思いながら再び田んぼに視線を落とした。

人がいる。二人。おじいさんと子供が手を繋いで立っている。
首にタオルを掛けたおじいさんは麦わら帽子を被っていた。
映画の場面みたい。何の映画?天国と地獄?いや違う。私は思わず首を傾げた。
この記憶、何だっけ?
そうしている間に二人の姿はみるみる小さくなってゆく。
その時風に煽られて、おじいさんの帽子が高く舞い上がった。
それと同時に勢いよく走り出す男の子の姿がちらっと見えた。

その時電車はトンネルに入り、窓は一瞬で真っ黒になった。まるでスイッチを切ったテレビの画面だ。

さっきのは…映画の記憶?犯人役の山崎勉が男の子を誘拐した話の?
いや、多分この辺に住むおじいちゃんとお孫さんだよ。散歩がてら特急を見にきたとか、そんな感じじゃない?
…帽子は本当に飛んだ?夢?
いいえ。ちゃんと起きてた。
もしかして私以外の人が見た夢だったりしてね。

短いトンネルはすぐに抜けて、車窓は田んぼと打って変わって山の斜面になった。コンクリート製のワッフルみたいな模様が続く。
やっぱり窓の画面のチャンネルを切り換えたみたいだ。

何やらごそごそ包みを開ける音が聞こえる。
さっきまで眠っていた、通路の向こうの男の人がいつの間にか起きて、お昼を食べるところだった。
包みを開けた拍子に、紙ナプキンが私の足元に舞い降りてきた。
それを拾って渡す時、頭の中でカチッと音が鳴ったように感じた。

ナプキンに「おいしいサンドイッチの店 シャポー」という文字と、麦わら帽子のイラストがハッキリ見えた。
あ…この人が見た夢だったのか。子供の頃の夢を見てたんですね。
「すみません」そう言って彼はナプキンを受け取った。

車内に響く音が変わった。
窓の外は大きな川が流れていた。
画面は今度は赤い鉄橋に切り換わった。

8/12/2023, 6:37:03 AM