猫背の犬

Open App

——「手を繋いだままなら海の底だって苦しくないよ」
大人と子供の境目の夏、やっぱりまだ子供のままだった僕たちは海の底でイルカになった。
手を繋いでいれば苦しくはないかったし、あのまま海の底を漂ったらよかったと今更思う。
もっと深い藍を目指して、いつまでもふたりで泳いで居ればよかった。
そうすれば大人で居ることが、地上で息をしていくことが、こんなにも苦しいだなんて知る必要のない子供のままで居ることができたはずだ。
狭い水槽に閉じ込められ、薄い酸素ですれすれを生きることが大人になるということで、体が動かなくなるまで強いられるようだ。
きっとこの水槽のどこかに存在しているはずの君はなにを考え、なにを感じて今を生きているのだろうか。
濁った先入観とプライドが行動を阻めるせいで再会という選択肢を選べない僕たちは、お互いのことを知らないふりして窮屈な水槽の底でもがき続けている。
水槽の水面に見える空の藍がすぐ側にあるように見えるけど、それはただの屈折だということ見破ってしまうようなつまんない大人になった。差し込んだ光がゆらめく情景も幻だって思い込んでなにもよく見ようともしないし、なにも受け付けようともしない渇いて使い物にならなくなった心をまだ大事に持っているのは、イルカになった記憶を手放すことができないから。
薄い酸素を騙し騙し肺に取り入れる日々に違和感を抱きながらも妥協を重ねて、今日も水槽の底を漂う。
酸欠状態で朦朧とする意識の中、イルカになったあの夏の日へと想いを馳せている。
僕のすべてを食い尽くしてくれても構わないから、奇跡が起きてほしい。
君が僕を海の底へ連れ戻す未来が明日にでも、いいや今すぐにでも来てくれないだろうかと毎秒祈っている。
もう会うこともないし、叶わないってわかってるんだけど。

1/20/2026, 1:39:33 PM