「蝶よ花よ」
自分によく似た人が三人はいるという。それにしても似すぎてはいないだろうか。雑誌の中に自分そっくりの人間がいる。顔だけだけど。
ふんわりとした少し茶色の髪が肩のあたりで揺れている。柔らかく微笑んでいるその人は、「現代の深窓の令嬢」という特集のなかでも、ひときわ輝いている。蝶よ花よと育てられたらこうなりました、という見本のような容姿だ。見た目の美しさだけではない。その内面がにじみ出るようだ。苦労などしたことがない、人を疑うことも知らない純粋さ。
ぱたんと閉じる。
「どうされましたか?」
美容師が聞いてきた。はじめての美容室で髪を切っているところだった。目の前に置かれた雑誌をぱらぱらとめくっていたら、その写真が目に入ったのだ。
何気なくそのページを開いて見せた。
「似てると思っただけです」
「本当ですね。あの、このあとお時間あります?」
「ええ、大丈夫ですけど、何か?」
「少し遊んでいきましょうよ。カラーをしてもいいですか?それから、ショートをご希望でしたけど、今だけ違う髪型にさせてください。後ほどご希望どおりにいたしますので。もちろん、お代は1回分のカット代金のみで結構です」
どうせ私を待っている人などいない。いつもは家の近くで切るが、たまには職場の近くでと、仕事帰りに予約を入れた。
「いかがですか?」
そう言われて鏡を見て驚いた。雑誌と同じ顔がそこにある。
「実は私、加賀美友理さんの担当をさせていただいております」
加賀美友理、知ってるよ。
「本当に驚きました。こんなに似ていらっしゃるとは。まるで双子のようですね」
双子?言われてみれば、そうなのかもしれないと思い当たる節がある。だからどうだというのか。
「ご希望通りにお直ししますか?」
「いいえ、せっかくですからこのまま帰ります」
もう一度鏡を覗く。髪型に似合わない味気ないスーツ姿。ショートカットなら似合うのにな。美容室を出て駅まで歩く。
生き別れた双子か。今頃どんな誕生日を過ごしているのだろう。お父さんは元気なのかな。新しいお母さんはやさしい人?
母が亡くなったときにも連絡はしなかった。もう縁は切れているのだから。私は佐久間汐理、加賀美とは関係ない。
翌日、いつもの美容院でショートカットにしてもらった。この方が落ち着く。蝶よ花よとはいかなくても、母の愛情をたくさんもらった。友理、お母さんの愛を独り占めしてごめんね。あなたは今幸せなの?
8/9/2024, 6:34:15 AM