イオリ

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君の奏でる音楽

 新しいチャレンジをと言って、年上の彼女がギターを始めた。

 初心者用のレッスン動画を見ながら、毎日欠かさず練習している。小柄なので、座って弾くと、ギターのほうが大きいんじゃないかという感じもする。

 ポロン、ポロン。

 なかなか上達しないなあ、と心の中だけで言いつつも、彼女の真剣な表情を見ると、茶化すのは万死に値する、と自分にしっかりと言い聞かせる。

 ひとり、手持ち無沙汰に飽いて、隣部屋からキャンバスとイーゼルを引っ張り出した。

 邪魔しないよう、静かにセットしビギナーギタリストを描きはじめた。

 小一時間、たどたどしい弦の音を聞きながら鉛筆を走らせた。久々に描いたが、まずまずの出来だ。


 彼女のほうも一段落したようで、こちらの絵を覗きに来た。

 へえ。わたし、こんな感じなんだ。ちょっと美人すぎない?

 サービスで。

 あっそ。ねえ、色は塗らないの?

 塗っていいの?

 どういうこと?

 色を入れちゃったら、この絵、もう完成しちゃうよ。

 いいじゃん。駄目なの?

 だって完成ってことはさ、いまの君の演奏が描かれるってことだよ。ポロン、ポロンの。

 (ハッ。ま、まずい。茶化さないってきめたのに……)

 言ってくれるねえ。 彼女はキッと睨んだ後、ペットボトルの水をゴクゴクと一気に飲み干した。

 絶対に上手くなってやるから。覚悟しなさい。  彼女はまた練習に戻っていった。

 あ~あ、また余計なこと言っちゃった。どうしよ。  このままだと、また手持ち無沙汰だな。ひとりでやることもないし……。

 しょうがない。僕はまた隣部屋に行き、今度は絵の具を持ってきた。

 もう完成させちゃおう。そして彼女の成長の記録としよう。上達したら、またその時に描こう。そう思いながら色を入れ始める。

 
 途切れ途切れで、大きくなったり小さくなったり、不安定で頼りない弦の音。でも逆にこれは、ビギナーの時にしか出せない音。チャレンジの音だ。

 ポロン、ポロン。

 さてこの音を、何色で描こうか。頑張るって、何色がいいかな。

 そんなことを考えながら、僕は彼女の音楽を描いていく。

 
 
 

8/13/2024, 4:26:00 AM