深夜。
静寂に沈む暗い夜道を、一人の女性がヒールの音を
響かせながら歩いていた。
規則正しく並んだ街灯が、淡い光で路面を照らす。
ここ最近、彼女の胸を苛んでいる"違和感"。
誰かに見られている、つけられている――
そんな気配がずっと付きまとっていた。
コツ、コツ、コツ……
背後から響く、革靴の足音。
彼女が立ち止まると、音も止む。
歩き出すと、また音が続く。
まるで肉食獣が獲物を観察するように執拗な足音。
心臓が喉にせり上がり、冷たい汗が背を伝う。
ヒールの歩きにくさなど顧みず、
女性は全力で駆け出した。
振り返ってはいけない。
立ち止まってはいけない。
本能が必死に警鐘を鳴らす中、
彼女は夜の闇をただひたすら走り抜けた。
やがて足音が遠のき、彼女は息を切らしながら
立ち止まった。振り返ると――誰もいない。
冷たい街灯の光だけが、
無人の路地を無機質に照らしている。
「……はぁ……」
安堵の吐息を漏らした、その刹那。
コツ、コツ、コツ……
前方から、あの足音。
どうして?混乱に陥った彼女の耳に、
今度は背後からも同じ音が忍び寄る。
コツ、コツ、コツ……
挟み撃ち。逃げ場は、どこにもなかった。
暗闇から二つの黒い影が現れた時、
甘い香りの布が口元を塞ぎ、
女性の悲鳴はかき消された。
意識は抗う間もなく、闇へと沈んでいく――。
――
目を覚ますと、
そこは石造りの壁に囲まれた空間だった。
唯一の出口らしき扉の向こうから、
あの革靴の音が聞こえてくる。
ギィ、と軋む音を立てて扉が開かれた。
現れたのは、まるで鏡に映したかのように、
身長、体格、顔立ち、全てが瓜二つの男性。
両手両足を拘束された女性は、
すすり泣きながら懇願する。
「お願い……家に帰して、ここから出して……」
二人は怯える彼女を見下ろし、
恍惚とした笑みを浮かべた。
「怯えた顔もかわいい」
「震える体もかわいい」
生まれた時から、
彼らは何でも半分こにして分け合ってきた。
おもちゃも、食べ物も、秘密も。
そして今度は、一人の女性も。
彼女の勤務先、自宅、通勤路、
すべて調べ尽くし、完璧な計画を練り上げた。
互いに目を合わせ、二人はゆっくりと笑う。
「僕は――上半身をもらう」
「では僕は――下半身を」
それから、石壁の地下室にチェーンソーの甲高い
唸りと張り裂ける悲鳴が響き渡った。
お題「足音」
8/18/2025, 10:10:07 PM