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『行かないで』

 夢を見た――
 そこは聖域だった。かつてのような、晴天の日でもどこか薄暗い雰囲気の漂うそれではなく、地上を守る戦女神の加護を受けた輝かしい場所としてだ。それはきっと、十三年間聖域を欺き続けた邪悪が討たれ、本物の女神が帰還されたからだろう。
 その聖域で、オレの隣にカミュが立っていた。カミュはいつものように柔らかな微笑みを浮かべていた。そこには一切の翳りがなくオレは嬉しくなった。
『これからは、本当の女神のために戦おうな』
 そう言ってカミュの肩に掛けようとした手は空振りに終わった。オレは怪訝な顔でカミュを見る。その笑顔は、寂しげなものに変わっていた。カミュは首を振る。
 ――そうだ、カミュは、死んだ。自らが育てた弟子の手で。カミュが持つその力と意思を弟子に託して。
 カミュが歩き出す。その先には光が溢れていた。その時確信した。二度と、彼と会えなくなるということを。
 オレはカミュを止めようとその後を追う。だが不思議なことにカミュとの距離は開くばかりだった。カミュは歩き、オレは走っているにもかかわらず。オレの手は彼に届かず、カミュは今まさに光の中に消えようとしていた。
『待て、行くな!』
 オレの叫びにカミュは足を止めて振り向いた。その表情は既に寂しいものではなく、安らかな微笑みに満ちていた。憂いも心残りも、何一つ無いというように。
『氷河を、頼む――』
 彼はそう言い残し、光の中に消えた。あとに残されたオレは、ただ立ち尽くすだけだった。

 目が覚めたオレの脳裏には夢の出来事と、カミュの言葉がはっきりと残っていた。カミュは死んだ。だが、その遺志をオレは確かに受け取った。
 自宮を出たオレは走り出し、ずっと下の白羊宮に向かった。そして、オレの突然の来訪に驚く白羊宮の主に告げた。
「オレの血を、氷河の聖衣に使ってくれ」

10/25/2023, 12:08:33 AM