『静寂に包まれた部屋』
煌びやかなシャンデリアの下、
長大なテーブルに並ぶ豪華な料理。
悪役令嬢は久方ぶりに父ドレイクからの
誘いに応じ、実家に戻っていた。
上座には当主であるドレイク、その隣に兄で
あるヘザー子爵ことウィルム。さらに継母サラ
伯爵夫人。そして、身分に応じて厳かに席に
着く悪役令嬢。家族団欒と呼ぶにはあまりに
冷たく、張り詰めた空気が漂っていた。
重々しいドレイクの声が静寂を破る。
「サンガルシュからの輸入品の状況は?」
「はい、父上。香辛料や綿製品は順調ですが、
月涙花は収穫が不調で……」
「お二人とも、食事の席での商談はお控え
ください」と、サラが静かに咎める。
「確かに、相応しくない話題だったな」
ドレイクは軽く咳払いし、次に悪役令嬢へと
視線を向ける。普段とは異なる柔らかな
眼差しがそこにあった。
「メア、最近はどうだ?」
「私は元気に過ごしておりますわ。先日は
セバスチャンと魔術師オズワルドと共に、
カミキリムシの幼虫祭りに参加して参りましたの」
「幼虫?それは食べられるのか?」
と、驚くウィルム。
「ええ、これが意外にも美味でしたの」
「ほう、それは興味深いな。オズワルドとも
良好な関係を保っているようで安心だ。リルガ
ミン侯爵家は我が家にとって重要な同盟相手だ」
満足げなドレイクをよそに、
サラが冷たく言い放つ。
「セバスチャンとやらは、
どこの家の御曹司なの?」
「セバスチャンは……私の執事ですわ」
「まあ、使用人と親しくするなんて、
はしたないわね」
サラはさらに続けた。
「いい加減、遊び暮らすのはおやめなさい。
あなたにも責務というものがあるのよ。
家のために結婚し、子を成す。
それこそが貴族の娘としての務めです」
「わかっていますわ……」
悪役令嬢はいつも、継母相手には
萎縮して逆らえなくなる。
「まあよい、サラ。メアもいずれは──」
ドレイクが宥めようとする中、ウィルムは
気まずそうに二人の顔を見遣る。
静寂に包まれた広間には、
ナイフが肉を切る音だけが響き渡った。
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「お食事はいかがでしたか?」
屋敷へ戻る馬車の中で、
セバスチャンが尋ねる。
「まあまあでしたわ」
疲れた表情の悪役令嬢を、
静かに見守るセバスチャン。
「お帰りになりましたら紅茶をお淹れします。
先生からマルコポーロという珍しい茶葉を
いただいたので」
「ありがとうございます、セバスチャン」
悪役令嬢はセバスチャンを見つめ返す。
その瞳には深い信頼の光が宿っていた。
"家族"よりも、"使用人"である彼との時間の
方が、彼女に安らぎをもたらしていたのだ。
9/29/2024, 10:00:14 PM