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 くすんだ灰色の雲が漂っていた。天気予報ではこれといった変化を耳にしていなくて、ポツポツ降りだした雨に俺も、街を歩く人たちも屋根の下に避難した。
 あっという間だった。これくらいなら走れば余裕だ、踏み出した1歩目で強風に服を巻き上げられ次にはどしゃ降りに。予想出来るわけないよな。

 ずぶ濡れで帰路を目指すか…。
「お困りなら一緒に帰りませんか?」
「…え?」
 聞き間違うはずがなかった。どしゃ降りのざぁざぁ水が落ちていく音は激しいのに君の声はよく聞こえた。2人入るにはピッタリの大きめの傘。傘は行きつけのお店から貸してもらったんだそうな。一見、傘のお化けに見えたのは内緒だ。

「お願いするよ」
 屋根下で途方にくれる彼らにさよならを告げ君の持つ傘に。俺が持つね、と持ち手を取り上げて十分なスペースがあるのに肩を引き寄せた。

「こんなにくっつかなくても…歩きにくいでしょう?」
「俺がこうしたいだけで歩きにくくないよ。知ってる?雨の日の傘の中って人の声が綺麗に聞こえるんだって」
 雨に反射してそう聞こえると屋根下で誰かが話していた。

「耳をすませればもっと綺麗に聞こえるかもね」
「そうなのかな?」
「試してみようか」
 道端に寄り立ち止まる。雨の勢いは少し落ち着き煩わしくはない。
「何か話してね?」「もちろん、何の話がいいかな…」君は目を閉じて耳をすませている。考える素振りをしながら、傘が大きくてよかったと。君1人を覆い隠すのは簡単で、懸命に耳をすませる無防備な唇にキスを。
「んっ…」
「…きれいな声だね」
 そういう話を聞いたためかいつもと違うように聞こえるかも。まつげがふる、と動き開いた双眸は丸い。「私じゃなくてあなたの声が聞きたいのに」と拗ねる君にもう一度同じ事を繰り返し

「俺の声はもう少し深くしないと、ね?」

『君の目を見つめると』未だに目を瞬かせていた。頬が赤くなっていく様は何時見ても飽きない。

4/6/2023, 11:26:46 PM