「美希って空気清浄機みたいだよね」
「空気清浄機? なにそれ、悪口?」
「違うよ。……私と美希がはじめて会ったときのこと、覚えてる?」
「あんたが転校してきたとき?」
「そうそう」
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私の親は転勤族で、中学卒業までに合計で四回の転校を経験した。
子供にとっての転校は、それまで懸命に積み上げてきたブロックを、他人の手で無理やりなぎ倒されるようなリセット感がある。
転校を告げられるたび、その前後一ヶ月は、胸の奥に憂鬱が居座っていた。
中学二年生、四回目となる転校先の教室。
何度も繰り返したせい(おかげ?)で、スクールカーストの把握が早かった私に一軍女子が話しかけてきた。
「え、何これ、タイルシールじゃん。懐かしすぎてウケるんだけど! まだ持ってる人、初めて見た」
教室のギャル系グループの女子が、私の筆箱からこぼれ落ちたシールを指さして声を上げた。
周囲にクスクスと乾いた笑いが広がる。
それは私が前の学校の親友とお揃いで買った、大切なお守りのようなものだった。急速に教室の温度が下がり、湿った悪意が空気に混じる。
私は顔を赤くして黙り込むしかなかった。
その淀んだ空気を切り裂いたのが、学級委員を務めていた美希だった。彼女はすかさず二人の間に割って入ると、床に落ちたシールをひょいと拾い上げた。
「え、ちょっと見せて! あ、これ私が一番欲しかったやつだ。結局買えなくて、私これの偽物みたいなのしか持ってなかったんだよね」
美希は屈託のない笑顔で一軍女子の方を振り返る。
「懐かしいよね。てか今見ると逆に可愛くない? スマホの裏に貼るの、一周回って流行りそうじゃない? ……あ、予鈴鳴るよ! みんな座って、今日の先生機嫌悪いから!」
彼女が放った言葉は、鋭い毒を中和するフィルターのようだった。一軍女子たちの攻撃性は霧散し、教室には日常のざわめきが戻る。
私は、止まっていた呼吸をようやく再開することができた。
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私はあの日から仲良くなった美希に向かって言った。
「昨日さ、リビングで読書してたら、ぷってついおならしちゃったのよね、そしたらさ、隣にあった空気清浄機がウォンって冷蔵庫が急に動く時みたいに作動してさ。その時に、あっ、美希みたいって」
「あたしゃ、おなら回収機かよ!」
「……ってことは今の例えでいうとあの時のシールはおなら?」
二人で声をあげて笑った。
5/6/2026, 7:40:30 AM