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「秋の星座って何かあるのかな?」
 引越しを終えた夜、まだ無造作に置かれた段ボール箱を放置し、内見の時から気に入っていたベランダで缶ビールを飲んでいると、夜空を眺めていた彼女がふと問いかけてきた。
「ーーペルセウス座、ペガスス座、アンドロメダ座なんてのがあるよ。ペガサスに乗ったペルセウスが、化けくじらに襲われて生贄にされそうだったアンドロメダ姫を助けてその後結婚したんだって」
「詳しいね」
「今、ネットで調べた」
 スマホの画面を見せながら笑うと、彼女は「ふーん」と言って僕の肩に頭を乗せた。
「じゃあ、私がアンドロメダ姫であなたがペルセウスだね」
 そう言って彼女は笑った。

 ーーあの日の夜空はこんなだったかな?

 寝転がって開いた窓から夜空を見上げる。今までこんなにしっかりと星を眺めたことはあっただろうか。都会の夜空は明るくて、星は少ししか見えない。あの時彼女がみていた星もこんな感じだったのか。いや、もっと輝いて見えていたかもしれない。スマホの中の星座しか見ていなかった僕にはわからない。
 引越し準備を終えた部屋はあの日と同じ様だけれど、彼女の笑顔だけがなくなってしまった。仕事を言い訳にして甘え、家にいる時にはスマホゲームばかりしていて彼女の話を聞いていなかった。いつも笑っていたはずなのに、思い出すのは悲しそうな、怒ったような顔ばかりだ。今更になって後悔するなんて図々しい。僕はペルセウスにはなれなかった。
「化けくじらか…」
 呟いた声が静かな部屋に響く。この家を出ていく日、彼女は笑っていた。どこか寂しそうな、それでいてすっきりとした笑顔だった。僕は彼女を縛りつけてしまっていたのかもしれない。
 星座は旅人の道標になると聞いたことがある。どうか、これからの彼女の人生が照らされますように。そう願いながら、もう少しだけ星空を眺めていようと思う。

10/5/2023, 2:09:59 PM