『好きになる理由 ―猫の見た春の日―』
あたたかい午後だった。
縁側に横たわって、ぼくはおばあちゃんの膝を見ていた。
昔より少し細くなって、骨ばった手。でも、その手はいつも優しくて、ぼくの背をなでてくれる。
「ねえ、おばあちゃん」
ふと、ぼくは声をかけた。にゃあと鳴いたつもりが、言葉になっていた。
「女性はさ、男のどこを好きになるの?」
おばあちゃんは驚かず、ただ湯呑に口をつけて、小さく笑った。
「猫って、ほんと不思議ね。そういうことを、聞いてくるんだから。」
ぼくは体を起こして、くるりと尻尾を巻いた。
ただ、知りたかった。人間って、どうして誰かを好きになるんだろう。
「若い頃の私はね――」
おばあちゃんの声は、懐かしい風みたいだった。
「かっこいい人が好きだったのよ。黙ってても凛としてて、周りから一目置かれるような人。でもね、結婚したのは、真逆だった。」
おばあちゃんの目が、遠くを見ていた。
その目が、少しにじんでいる気がした。
「背が低くて、おっちょこちょいで、手が不器用で。でもね、いつも私の心配をしてくれた。私の好きな花を、こっそり覚えて買ってきてくれたり、足が痛いって言えば、黙って足を揉んでくれたりね。」
ぼくは、おばあちゃんの膝にそっと頭を乗せた。
その優しい手が、またぼくの背中をなでる。
「でもね、気づくのが遅かったの。
私、その人がもういなくなってから、やっと気づいたのよ。
私が本当に好きだったのは、格好じゃなくて、あの人のぬくもりだったって。」
風が吹いて、桜の花びらが一枚、おばあちゃんの白髪に落ちた。
ぼくは聞いた。
「おばあちゃん、今でも、その人のこと……好き?」
おばあちゃんは、少し笑って、うん、と頷いた。
「ええ。今でもね。
誰よりも、あの人の声を、夢で聞きたいって思ってるのよ。」
ぼくはそのまま、目を閉じた。
おばあちゃんの膝の上、春の陽の中、ぬくもりの記憶の中で。
この人が生まれ変わったら、またあの人と出会えますように。
もし出会えなかったら、ぼくがもう一度、そばにいて、こう聞いてあげる。
「ねえ、おばあちゃん。女性は男のどこを好きになるの?」
そのたびに、おばあちゃんはまた、あの人のことを思い出すだろう。
ぼくはそれが、ちょっとだけ誇らしい。
3/21/2025, 11:33:21 PM