「全然、片付いていませんが……」
本と書類とペン類と、それからマグカップ、たまにお箸。物にあふれた、お世辞にも綺麗とは言えない部屋に人を入れるのは久しぶりだ。
「こちらこそ、突然無理言っちゃってごめんね」
長居はしないから安心してよと続いた相手の言葉に本当に少しほっとしながら、目的の本を探す。
昼休み、ただの雑談だった。最近読んだ本が面白くて、それほどボリュームがあるわけでもないのに没入感がすごいんだと。もし嫌でなければ、機会があればぜひ読んでほしいと。
「じゃあ、その本、借りてもいい?」
そんな話をしていたら、無邪気な笑顔で返された。興味を持ってくれたのが嬉しくて、「もちろん!」なんて即答。夕方に約束して、部屋まで来てもらった。のが、今。
「うわあ、たくさんあるね……ジャンルも色々、勉強家だね」
「いやぁ、そんなことは……少しでも気になると手を伸ばして、それでどんどん増えていってしまうんです」
紙に埋もれるようにして置いてある机に狙いを定めて、貸すための本を探しながら答える。言葉にすると改めて、心から反省の念が湧いてくる。せめて整理整頓くらいすれば、もっとスマートな部屋になるだろうに、自分の体たらくにがっかりしてしまう。
待たせている相手はというと、あちこちに散らばる本や書類を手に取っては興味深そうに眺めている。時折小さく「次はこれ」「その次はこれ」と聞こえてくる。ひょっとして、次やその次の機会、またこの部屋に来るのだろうか。来てくれるのだろうか。絶対に片付けておこうと思った。
「あ、ありましたぁ。お待たせしました、どうぞ」
「ううん、そんなに待ってないよ。どうもありがとう」
思ってもいないところでそれを見つけ、その場で手渡す。眩しい笑顔を見てこちらまで表情がゆるむ。気付けば自分の根城に好きな人を招いたというのに、緊急やときめきを感じている暇なんてなかった。
「急がなくていいですからね、なんならずっと持っていてくれても」
「そんなことしないよ! 次に借りる本、さっき決めておいたから」
親指を立てた姿が余計に眩しい。恋心のせいだろうか。少しくらりとしながらも、渡した本が返ってくるまでにせめて食器くらいは片付けようと固く決心した。
【狭い部屋】
6/5/2023, 10:23:48 AM