孤都

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   #ゆずの香り



  僕の実家はゆず農家で、学生時代、実家住みだった時は
 毎日、家の中がほんのりと、ゆずの香りがして、湯船には
 幾つかのゆずが、ぷかぷか温かそうに浮いていた。

  都内の大学に進学することになった僕は、春から、
 実家を離れて一人暮らしすることになる。 

  一人暮らしともなれば、家事や身の回りの事は
 自分でやらないといけないし、金銭面も慎重に考えねば
 ならない。

  上京してから、大変なことは山積みだけれど、
 一人暮らしで1番変わるのは、甘酸っぱく、
 優しく包み込んでくれるような、ゆずの香りが無くなって
 しまうということだ。

  幼い頃から、あの香りに包まれて育ってきたせいか、
 両親と離れるくらいに、心にぽっかりと空くものがある。

  そんな、ちょっとした、贅沢かもしれない悩みを
 抱え、高校を卒業した春、僕は上京した。


  時は流れて、6月。

  常に忙しい雰囲気に包まれつつある東京にも、
 田舎に似た優しさや、温かさがあることに気がつき
 始めた、この頃だ。

  日曜日、今日は大学もこれといった予定も入って
 おらず、1日のんびり過ごそうと、マグカップに
 コーヒーを注ぎ、少し大人な香りを楽しむ。

  ほっと、一息ついていると、インターフォンが鳴る。

  ドアの向こう側にいたのは、恐らく、配達物と思われる
 ダンボールを持つ、顔立ちの整った、爽やかな配達員の
 お兄さんだった。

  荷物を受け取り、部屋の中まで運ぶ。

  送り主は、両親からのもので、ダンボールが相当な
 重さだったので、一体、何が入っているのかと、
 恐る恐るダンボールを開けた。

  開けると、僕が密かに待ち望んでいた、懐かしい、
 甘酸っぱく優しい香りが瞬く間に、部屋に広がった。

  送られてきたダンボールの中には、たくさんのゆずや
 母親がつくったであろう、ゆずのジャム、父親作のゆずの
 バスボムなど、大量のゆず関連のものが入っていた。

  これが、世で多く感じられるという、実家からの
 仕送りのありがたみ、なのだろうか。

  早速、ゆずと母親お手製のゆずジャムを手に取り、
 コーヒーを飲み干して、ゆず茶とゆずクッキーを焼いた。

  ゆずをふんだんに使った、ティーセットを楽しみ、
 部屋に広がる、実家と同じ香りに満たされながら、
 僕の一人暮らしは続いていく。


  第二の故郷と言うように。

  ゆずの香りは、僕の第二の親といっても過言では無い。

12/22/2024, 8:52:16 PM