「ほろほろとほろびゆくわたくしの秋
初めて聞いた時は、お菓子を連想したよ。ブールドネージュっていうメレンゲを焼いたお菓子で、それの食感がちょうどほろほろしているんだ。本当は、フランス語で雪玉っていうんだけど、私にはこの粉砂糖の白さが萩の花に似てて、思わず持ちながらゆっくりと歩きたくなるんだ。歩きながら一つ一つつまみ食いして、ほろほろと白萩を噛み崩して、口の中でほろびゆく秋を味わっているよ」
彼女の話を聞いて、彼はそうなんだと間延びした返事をした。照れ臭かった上に、気まずかったのだ。
まさか、酔っ払いの鼻歌がこのような景色に生まれ変わるとは思ってもいなかったのだ。一つの句作から二つの景色が生まれた。たましいも二つに生まれて輝いているようだ。
彼は不安になって、もしかして酔っているのかと彼女に尋ねた。お菓子に洋酒が入ってるから酔ってるかもと、彼女は白い顔を見せて、はっきりと答えた。
「そうかー、わたくしの秋はほろんで、君の秋に生まれ変わったんだ。とても美味しそうな秋になって良かったね」
彼もお菓子をひとつまみした。丸い焼き菓子を口の中に放り込んだ。鞠のように舌の上で弾み、上顎に粉砂糖が舞い上がり、歯には崩れ落ちた生地が飛び散っている。砂糖と小麦粉と卵の甘さが、頬の中をしびれさせる。溢れ出る唾液で味が薄まっていった。
やはり砂糖の甘さよりも、酒の苦さではないと身体が応えてくれない。神経と記憶と生死を狂わせる酔いを彼は今もなお求めている。
「俺がまたその歌を詠ったら、もう一度君の秋に呼んで」
「良いよ。今度は、お菓子に合うお酒を用意して待ってるよ」
(250321 君と見た景色)
3/21/2025, 12:59:13 PM