sairo

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夕日よりも赤く、太陽よりも黄色い葉が視界を埋め尽くす。
歩く度にさくさく音を立てる、極彩色の落ち葉の絨毯を踏み締めて少し先を行く彼の足取りはとても軽い。
とても上機嫌だ。
約束だと、断る事を決して許さず私を連れ出した彼は、数日前の不機嫌さが嘘のよう。

「何か描かないの?」

振り返り問う彼は、辺りの紅葉よりも目に鮮やかに映り込み、思わず下を向く。
じわじわと顔が熱を持つのが分かる。俯き動けなくなる私を見て、彼は小さく笑ったようだった。

さくり、さくり。
ゆっくりと近づく、彼の足音。視界の隅に彼の靴が見えて。

「っ!?」

彼の手が。
少し冷えた指先が、前髪を擽り耳輪を掠めて、髪に触れた。

「紅葉。付いてたよ」

はっとして顔を上げる。
差し出されたのは、紅色に染まった葉。
彼の楽しげな笑顔に、速くなる鼓動が痛いくらいだ。うまく呼吸が出来なくて、目眩がする。

「そういうの、やめて」

本当にこれ以上は勘弁してほしい。
一緒にいるだけで、もう精一杯だというのに。今すぐに逃げ出したくなる足を引き止めているだけで、余裕なんかひとつもないというのに。
どうしようもなくて、泣きたいくらいなのに。気づいていて、どうしてこんな酷い事が出来るのだろう。

必死に溢す否定の願いは、笑えるほどに掠れ、震えて。
けれどそんな私に、彼は一切の容赦をしてはくれなかった。

「ほら」

わざとらしく小首を傾げ、手首を掴まれる。
開いた手のひらの上に乗せられたのは、彼が手にしていた紅葉。

「顔、真っ赤。可愛い」
「っやだ。やめてってば」

掴まれた手首が熱い。
指先は少し冷えていたように思ったけれど、今は手首から伝わる熱で火傷してしまいそうだ。

「なんで、こんなっ。いじわる」
「ごめん。でも、なんかうれしくて」

ごめん、と口では謝るのに、一向に手は離れない。
けれど本当にうれしそうに、彼が微笑むから。
素直になれない文句の言葉は、形を持たずに吹く風に乗ってどこかへ去って行ってしまった。

「やっと、俺を見てくれた」

微笑む彼の姿が滲む。
勘違いをしたままの彼に、違うのだと大声で否定してしまいたかった。
ずっと昔から見てきたのに。
桜の木の下でうたた寝をしている時の寝顔も。砂浜で子供みたいにはしゃいでいた時の笑顔も。竹刀を持った時の凜々しい横顔も。姉といる時の穏やかな表情も。
全部見てきたのに。ずっと想ってきたのに。
どうして何一つ気づかずに、そんな残酷な事を言うのだろう。

きゅっと、唇を噛みしめる。
今更言うつもりはない。気づかないなら、そのままでいい。
この今にも溢れそうな好きのひとかけらだって、春までは差し出してやるものか。


「バカだな。まだ勘違いしてんだ?」

必死で泣くのを堪える私の目尻を優しくなぞり、輪郭を取り戻した彼が言う。
勘違いの心当たりはない。むしろ勘違いをしているのは、彼の方だというのに。
意味が分からない、と否定するために開いた唇は、けれど彼の人差し指で遮られた。

「秋緋《あきひ》が見てたのは、俺と夏樹《なつき》だろ?俺は、ずっと俺だけを見てほしかったのに」

え、と間の抜けた言葉が溢れ落ちる。

夏樹。お姉ちゃん。
優しくて、頼りになって。誰よりも大好きな、私の憧れ。
ずっと見ていた。追いかけていた。
最初は姉だけだったのに、いつの間にか隣に彼がいて。彼は姉の事が好きなはずで。
だから。それで。

――それで?


「気づいた?俺はずっと夏樹のおまけ、だったよ」

混乱してぐるぐる回る思考の中。彼はさらに続ける。
おまけなんて、考えた事はなかった。なかったはずだ。
でも今は、少しだけ自信がない。

「し、らない。そんなの。違う」

首を振って、否定する。
彼と離れて落ち着きたいのに、掴まれた手首がそれを許してはくれない。

「そう?まあいいや。それよりさ、俺を描いてよ」

約束、と彼は笑う。

「なんで」
「描いている間は、俺を見てくれるだろ?その間だけは俺だけを考えて、俺だけを見てくれる」

だから描いて、と手を離される。
糸が切れたように座り込む私から視線だけは離さずに、数歩下がって促される。
バックの中の白いスケッチブックが、かたり、と音を立てて存在を主張した気がした。

スケッチブックを取り出して、表紙をめくる。
鉛筆を持つ手が震える。鼓動が速くて、息がうまく出来ない。

赤と黄色が鮮やかな紅葉と、それよりも鮮やかで綺麗な彼。
描くのが怖い。きっといつものようには、描けない。


描いてしまえば、好きが溢れてしまいそうだ。



20240927 『秋』

9/27/2024, 9:48:12 PM