緋鳥

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時間よ止まれ

 
 時間よ止まれと念じても時計の針は止まらず、待ち合わせに遅刻する現実が押し寄せてくる。
 約束の時間はとうに過ぎ、待ち合わせの駅前のカフェまでの道を俺は全速力で走っていた。待ち合わせ相手はやっとデートまで漕ぎ着けた憧れのクラスメイトの女子。走る脳内で走馬灯のように映像が流れてくる。
 友人に頼んで大人数で遊んで話すきっかけを作って、少しずつ、少しずつ、話題を増やして、やっと笑ってもらって、やっと、彼女が見たい映画も俺も見たいとこじつけて、一生に一度の覚悟で誘った映画に奇跡的に一緒に行けるようになった。

 それなのに当日に寝坊したのは俺だ。
 緊張していたから寝つきが悪かったなど言い訳にしかならない。駅まで全速力で走ったが虚しくも目の前で電車のドアは閉まった。その時の俺の絶望感を生涯忘れない。
 慌てて遅れる旨をLINEで伝えると、可愛いスタンプで大丈夫。待ってると返ってきた。クラスメイトを待たせる罪悪感が絶望感を上回った。
 次に来た電車に飛び乗る。早く早くと念じても電車は早くならず、定刻通りに目的地の駅に着いた。ドアが開くと同時に飛び出す。ホームを走らないでくださいというアナウンスも無視した。
 外へ飛び出すと、駅前のからくり時計が丁度待ち合わせ時間を示して、クラシックのオルゴールをかけていた。行進曲に合わせて人形が踊っているのを横目に、俺はカフェを目指した。人混みをすり抜けて見えてきたカフェの窓際の席に彼女はいた。
 
 制服ではない私服の彼女は、とても綺麗だった。
 急いでいたのも忘れて、見惚れる。本当に、一瞬時間が止まったと感じた。
 彼女が俺を見つけて、手を振ってくれる。止まっていた俺は手を振り返し、頭を何度も下げた。
 「大丈夫」の口パクと手招き。俺はやっとカフェの入り口へと歩き出す。
 まずは遅れた事を謝ろうと、俺は無数の謝罪の言葉を頭に浮かべ始めた。

9/20/2024, 5:34:51 AM