燈火

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【病室】


消毒液の匂いから逃げるように窓を開けた。
木々の陰から風が吹き込んで部屋を巡る。
髪が煽られ、なんだかとても生きているって感じ。
憂鬱だった気分がほんの少しだけすっきりした。

ここにいると、できることが限られる。
食べて、眠って。テレビを見たり、読書をしたり。
楽だと思っていたけど、終わりない暇はなかなかつらい。
扉を見つめた。早く来て。あなたがいないと退屈だよ。

日の沈む前に、あなたは毎日欠かさず来てくれる。
仕事終わりにはくたびれた背広姿のまま。
休日には差し入れの本を持ったラフな格好で。
あなたがいると白い部屋も華やいで見える。

今日はどんな話をしよう、と考えるだけで楽しい。
「遅くなってごめんな」背広を手に、眉尻を下げて笑う。
あなたはベッドサイドに置かれた椅子に腰を下ろした。
顔を見るだけで、私の頬は自然と緩くなる。

「今日はどうだった?」それは、いつも聞かれる質問。
ほとんど一日中ベッドの上にいては新しい発見もない。
だから話す内容は本のことか、何度目かの繰り返し。
だけど、どんな話でもあなたは楽しそうに相づちを打つ。

私ばかり話してしまうけど退屈していないかな。
たまに不安になる。「疲れてるのにごめんね」
口に出せば、あなたは呆気にとられた様子だった。
「何言ってるの。聞きたいんだから変に遠慮しないでよ」

面会時間が終われば、当然、あなたは帰ってしまう。
部屋は静けさに包まれて、鳥の鳴き声が聞こえる。
また明日も来てくれることを期待して、布団に潜りこむ。
かすかに残るあなたの匂いで、安心して眠れる気がした。

8/2/2023, 5:45:18 PM