与太ガラス

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 昼から降り始めた雨が、涼しい風を運んできた。うっすら開けた窓から、湿った雨の匂いとともにキンモクセイの香りが鼻を差した。

 ああ、この匂いだ。雨に混じるキンモクセイの香りは、思い出したくもないあの記憶と結びついている。毎年この時期になると嫌でも思い出してしまうのだ。

 こんなことなら、あんな日にデートなんかしなきゃよかった。

———

 あの日も雨が降っていた。彼との待ち合わせは、駅前のフラワーモニュメントの前だった。休日の朝、待ち合わせらしき人たちは他にも何人もいて、それぞれ傘を差しながら携帯をいじっていた。

 少し待っていると、私は彼がいつも着ているブルーのジャケットを認めて大きく手を振った。なかなか気づいてもらえないから、名前を呼びながら近寄っていくと、全然知らない人だった。

 一瞬目が合った気がしたけど、私は手を振りながらそのまま素通りした。思い出したくもない。

 キンモクセイは香りだけを運んできた。

 彼はその10分後にやってきた。デートスポットまでの道を歩きながら、彼は新しく買ったイエローのシャツを自慢してくれた。私は「だから今日、雰囲気違うんだね」とだけ言っておいた。

 キンモクセイは香りだけを運んできた。

 一緒に入ったオシャレなカフェでのまったりとした時間。なかなか予約の取れない人気店で、オリジナルのパンケーキが人気だった。彼の話を聞きながら、ぼーっと抹茶ラテの入ったプラスチックカップをストローでクルクルさせていたら、勢いがついて彼の方にカップを倒してしまった。なみなみ入った抹茶ラテは彼のイエローのシャツをまっちゃに染めた。

「ホントにおっちょこちょいだな」

 と彼は笑ってくれたけど、私は本当に申し訳ないと思いながらも、内心ではいいから早くそのシャツ脱いでくれよ、と叫んでいた。

 そこでもキンモクセイは香りだけを運んできた。

 あの人とは、程なくして別れた。二度と思い出したくない、顔から火が出るほど恥ずかしい記憶…。

———

 メッセージが入る。

「もう家出た?仕事終わらなくて、5分ぐらい遅れます」

 いつものことじゃない。私は笑いながら返事をする。

「了解!」

 そのメッセージを合図に家を出た。雨とキンモクセイの混じった香りは、より一層強く、全身を包む。

 でも、そんな嫌な思い出も今日でサヨナラ。新しい楽しい思い出が、この匂いとともに刻まれるんだから。

 玄関のレンガ階段を軽快に下りる。最後の一段を踏むやいなや、オシャレして履いたブーツがスコーン!

 こんな日にデートなんかしなきゃよかった。

10/18/2024, 12:59:43 AM