宵闇に移り変わる空の色。帳に覆われた世界で光を放つのは微かな電球と空に輝く星々のみ。
時折通りすぎる車のヘッドライトは眩すぎて目が眩む。正面から迫ってくる白い波は一瞬にして消えては妙な寂寥感だけを胸に残す。
「寒い」
わずか数時間で白く染った世界。ついさっきまで降り注いでいた雪は嘘のようにやみ,劈くような寒さのみが漂う。
車に踏み固められた雪は凍りつき時折足をとられる。ざくざくと少し軋んだ独特な音が凍えそうな鼓膜を揺らし吹き付ける風が熱を奪う。
辺りを見渡しても光はほとんどない。大雪の直後まして夜も耽けるこんな時間に出歩く物好きはそうそういないらしい。
「痛いな」
かじかんだ指先が 風に晒された耳朶が 水が染み込みつつある足が
······何より 荒んだ心が。
なんでもない幸福なはずの日々を過ごしていても,噛み合わない歯車のような軋んだ音が降り積もる。小さな小さな音を響かせふとした瞬間に 言葉にできない違和感となってこの身を襲う。
一人になった時 特に月明かりすらささない街が寝静まった深夜はどうしようもない苦しさに見舞われ 息が出来なくなる。
そんな時は決まって闇の中をさまよい歩く。目的もなくただ足の動くままに,冷たい空気を肺に収めながらひたすら歩を進める。
時間も忘れ何処までも。行き着く先もわからぬまま帰り道も知らず歩く。
「······公園」
白銀に包まれた遊具のシルエットだけがぼんやりと浮かぶ空間。昼間の賑やかな様子とは一変していっそ厳かな雰囲気すら纏う結界。
誰にも穢されぬその閉ざされた白の中へと吸い寄せられるようにして近づいていく。
屋根に覆われた椅子から自らが入ってきた場所を見つめれば一人分の足跡だけがはっきりと残されている。
ぼんやりと眺めた空からはまたチラチラと舞い降りる白い花。手を伸ばせば消えてしまうそれは通ってきた道を覆い隠し,この身をこの小さな空間へと閉じ込める。
「帰れない」
なぜだか降り積もる雪をもう一度踏み締めることは出来そうになくて,ただただ音もなく舞うその小さな花を飽きることなく見つめ続けた。
誰もいない。何も聞こえない。白に包まれた世界。
どうしようもなく冷たくて恐ろしい程に静まったそこは,不思議と息がしやすくて。
本来なら不安に思うこの状況が,凄く心地よかった。
テーマ : 《ミッドナイト》
1/26/2023, 1:42:49 PM