テツオ

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となりをみると、弟の、少し濡れたズボンがあって、もうすこし見上げると、弟が傘の柄を握っているのが見える。

さらにめをあげると、パツパツ雨が傘をうつ音と、白い街灯の光が、おっこちてくる雨のシルエットと、弟のシルエットを淡く浮かび上がらせている。

よくみると、弟はこっちを見てた。

フシギそうに見てる、弟とバッチシめが合って、
なんでか、おれの口角がぐっと上がってくのを感じる。
また、気持ち悪いって言われる前に、めをもういちど、自分のみのたけにあうとこまで戻した。

雨に濡れた夜道が、街灯のしゃぼん玉みたいなあかりにメラメラ光って、街灯のならぶ反対側には、住宅街が並んでいる。
窓と、玄関、別の家の、窓と玄関にも、せいぞろいで明かりがともってて、窓に伝う結露までは見えなくても、幸せそうな家庭はのぞけた。

「兄ちゃん……ヒトの家をジロジロみるのはよしなよ、なんかわるいヤツみたいだぞ!」

雨の音にはぜんぜん負けない、弟の声はいつでも朗らかだ!
だが、おれは悪者扱いされてるらしい。

「ワルモノが割るものさがしってか……!?」
「わるモノじゃなくて、ボクが言いたかったのはドロボウ!こうすればおまえのサムイギャグは無効だ!まったくもう!」

傘をグラグラゆらしながら、アニメっぽく、しぐさでイライラを伝えてくる。

「ざんねんだったな、ものさがしってとこでもかかってるぜ」

あんま深く考えずに言ったが、弟は意外にも一拍、めをまるくして、そのまんま黙って、前をむいて、腕をくんで、考え込んだ。
おれは、あんま深く考えずに言ったもんだから、考え込んでる弟がおもしろくて、また口角があがった。

「……もうッ!!」

叫んだと思ったら、おれの頭に冷たいモノがどさどさきて「えっ」上をみあげるが、そこに弟の顔も傘も見当たらず、先をみたら、次の次の街灯の下に、走る弟の後ろ姿がみえた。

「ジョーダンキツイぜ……」

おれのパーカーはあっというまにびしょぬれで、三段階くらい暗い色におちてる。
カゼひくまえに、弟の傘にありつくべく追いかけた。

珍しく、きょうは雨だってことで、スニーカーを履いてきたが、それが悪手だった。慣れてないからかバカみたいに走りにくい。
おまけに、背中にはぐちょぬれのフードがきもちわるくのしかかる……

「あ〜、うえ〜」

それでもなんとか、コンクリートの上をおれの影がカタツムリみたいにすべってく。
街灯の中にとびこんで、まだ走って、おれのうしろにまわった影が、おれへおいついて、おいぬく。

走るのがヘタだからか、どうしてもおれの上体は地面の方にかたむいて、前をむくにはわざわざ頭をおこさなきゃならない。
労力つかって、前むくと、弟があとふたつ街灯こしたとこに立って、おれを見てるのがわかった、すると、視界がニュっとのびて……そうのびた。
街灯のあかりが急に尾をひいて、住宅街がとつぜんおれの視界から消えてなくなって、つぎには立派な痛みが額と鼻と、とにかく顔面を襲った。
ガチョッて、ヒドイ音が鳴った気がする。

ずっころんだ。もう一生、スニーカーなんて履かない。

ずるずる重い服をひきずって、荒れて荒れて荒れまくった息と、うるさい雨の音のなかでとりあえずなんとか、起き上がって鼻を触って折れてないか確かめた。

マジで、おれがワルフザケすることはあっても、兄弟がこんなことするのはめずらしい。

くるしい息のなかで、おれはそれだけ考えるのがやっと。

痛みがマシになってきた頃、コンクリートに手をついて、ヒザにも力をいれて、たちあがろうとする。が、運動不足がたたって、コンクリートを四つん這いになって見つめたまま、立ち上がれない……

ぬれた靴、かろうじて上部はぬれていない靴がおれのめにはいってきたかと思うと、雨のうるさい音がマシになって、頭をうちつけて、靴下に水をためてくることもなくなった。

「……ドッキリだ!」

顔をあげると、どうしようもなく面白い、といいたげな赤い顔がみえた。
肩もぷるぷる震えている。

「ドッキリだから、謝んないぞ!」

おれの走って転んだ姿がよほど面白かったのか、めったにみない笑い顔を拝めた。
弟が手をさしだしてくれたから、おれはそれをつかんで、どうにか起き上がって……
弟の足にてのひらをぶつけ、自分もろとも弟をずっころばせる。

「うわっ!?」
「……ドッキリだ」

傘がちかくに転がって、ふたりでずぶぬれになりながらコンクリートにころがった。

弟は、プッと顔を赤くして、ぷるっぷる震えて、やがて爆発したみたいに笑いだす。
おれもそれにつられて、ふたりでお互いをゆらしながらめちゃくちゃに笑った。

「へへ、へへへ!おこるかと、おもったぜ……!」
「は、ハハ、ハハ……!おこってるよ……」

街灯と街灯の間だから、ちょっと暗いが、弟はぜんぜん幸せそうに笑ってる。
おれもたいがいだろう。

傘がなくなった空の上から、雨がもちろんふってきていて、雲の合間合間から、黄色い月がのぞいてて、だのに、雨はおれたちをうちつけて、おれはふう、とため息をついて、弟の腹からどけて、立ち上がる。
すると、弟も、まだ半笑いだが、傘をひろって立ち上がって、ふたりぐしょぬれだから、傘いらないよな、なんて思った。
弟もそう思ったのか、傘をたたんで、手に持つ。

「……ほんとに怒ってるからね!きょうのお風呂掃除は兄ちゃんの担当だッ!」
「おっけー」

びしょぬれの弟にむかって軽くいうと、弟はなにか思い出したらしく、急に焦ったみたいにしだして、フシギだな。雨に散々ぬれてるくせに、汗と雨はみわけがつく。

「やっぱオレさまがやるッ!
……兄ちゃんに任せたら、風呂に苔がはえる!」
「なんだ?いいのか?ラッキーだな」

おおかた、おれが風呂掃除をサボったのに気づかず、ヌメヌメの浴槽につかったときのことでも、おもいだしたんだろう。

もういっかい空を見上げたら、月はもう雲に隠れてなかったが、街灯の白いあかりのおかげで、キラキラうかぶ雨粒が、まあなんか、星みたいだったし、雨の日の夜空も、いいな、なんて思う。

「なあ兄ちゃん!」

みあげると、弟がニコニコ笑ってこっちをみてる。

「こんど、星みれるといいね!」

おれの手をつかみながら言って、つかんだと思ったら、それをブンブンふりだした。
やっぱり怒ってなんかいないだろうな。むしろたのしそうだし。

「きょうだって、月ならみえるよ」

ガグガグ、ゆらされるまんまに体もゆらしながら、言ったら、弟はそこで立ち止まって、大きく見上げる。
おれがつついて……いつのまにか、月のほうを指さすと、弟はすなおに見上げて感嘆した。

「なんか、いつもより綺麗だねっ!」
「だな。卵みたいだ」
「あしたもみられるといいねえ!」

弟は、なにか、胸のわくわくがおさまらなくなったのか、雨のなか、ぐるぐる走り出して、おれはゆっくり歩いて、追うことにする。
カゼひくっていったけど、たぶん大丈夫だな。こういうとき自分の体を自慢したくなる。

おれは、雲にかくれそうな月をひとめみあげて、ちょっと笑った。

ほら、おれの弟がいってるんだから、あしたもときどきは顔みせてくれよ

5/26/2024, 12:46:22 PM