大人になって出来なくなった事。子供だからできた事。沢山ある。
思い返した時に子供だから出来たことは
意外と少なくて、大人になって出来ない事って案外ないんよ。やらなくなってしまっただけでさ。
そう溢した君の横顔に、なんの意味があるのか戸惑いながら「そうかもな」と答えた。
君はまたニヒッ。と笑った。
***
君はいつも、歯を見せて、目を細めて、何か企むような笑顔を見せる。実際何か企んでいて、それはロクでもない事だ。
今日もその笑顔に僕はため息を吐く。
また振り回されるのだと。わかっていながらも、内心では楽しんでいる自分も居て。君に振り回されるのも悪くない。だって、僕の知らない僕の一面を見せてくれるから。
深夜の住宅街。酒缶片手にコンビニのビニール袋下げた君に連れ出されて歩く道のり。
街灯が照らす暗闇は、まだ肌寒い春風に揺れる桜の木。
君は前を歩き続ける。現れた公園の入り口から中に入ると、袋から何かを取り出した。小さい何か。
街灯の下へと向かう。袋から出した丸く黒い塊を僕に見せニヤリと笑うと、ポケットから取り出したライターで火をつけ地面に置いた。
次第にムクムクと大きく伸び始める黒い何か。しばらくするとそのまま止まった。
「なにこれ」
「知らない?」
「知らない」
「ヘビ花火」
「花火?これが?」
「うん」
「うんこじゃん」
「ヘビだよ。ウケるべ?」
「ウケねぇよ」
何処が楽しいかわからない僕に「わかってないなぁ」とボヤく。
まだ何か入っているらしいポリ袋から今度はメントスを取り出した。ブドウ味だ。
外がカリッとしているチューイングキャンディ。昔店の端にあるゲーム機で取ったのを良く食べていた。止めた数字の数だけ出てくるやつだ。懐かしい。
そんな事を考えている僕の横で封を開けると、君は僕に突き出してきた。
「食う?」
「貰う」
一粒貰い口に入れる。舐めると甘ったるいブドウの味が口全体に広がった。
君も一粒口に入れるとバリバリと噛み砕く。食べ方は人それぞれだが、そういえば君は飴もよく噛んでいたと思い出した。飴を共に食べるなんて事、もう無くなったから。
次に袋からコーラを取り出す。それを見て嫌な予感を覚えた。
キャップを開けると案の定そこに大量のメントスを入れ、急いでキャップを締める。
そして思いっきり振ると、キャップを開けるが早いか、赤いキャップを吹っ飛ばし、黒い液体が空高く吹き出す。
慌てて避けたが間に合わず被ったコーラのせいで、身体はベタベタ。手にペットボトルを持っていた君は盛大に浴び、頬を黒い液体が滴っていた。
「フッ………ハッハ……アハハハ!!!!」
腹を抱えて堪える事もなく大声で笑う君に釣られて僕も笑う。不意打ちを喰らい、身体がベタついた事も、服が汚れた事も今はどうでも良かった。
ただ、こんなしょうもない事が、バカみたいな行為が、楽しかった。
「はぁ〜あ。笑った。笑った。じゃ、お前んちで風呂貸して。今日泊まるから」
「は?泊まるって荷物……あ」
「そういう事」
うちに呼びに来た際置いていった大きなリュックは泊まり道具だったんだろう。なんとも準備が良い。最初からそのつもりで家に来たというのか。終電はもうないが、歩いて帰れない距離でもないだろう。
「一緒に風呂入ろうぜ」
「嫌だよ。大体家の風呂そんなにデカくないって」
「水鉄砲も買ってきたからさ」
「尚更無理だろ!男2人で入れる訳ないだろ!」
「やってみなきゃわかんないだろ〜。ほら行くぞ。文句言ったってお前はやる奴だって知ってっからさ」
君は僕を置いてさっさと公園を後にする。いつの間にかヘビ花火の残骸も片づけていて、残ったのはコーラで濡れた土だけだった。
「うわぁ。身体ベタベタ。しかも濡れてさみぃの」
「バカだろ」
「うるせ、楽しかったべ?」
「……ちょっとな」
「素直じゃないねぇ」
君の吐く息がまだ白かった時期の事を思い出す。僕が仕事で落ち込んで、自暴自棄になってた時だ。
あの日も君は僕を連れ出して、公園に積もった雪で雪合戦をしたんだ。2人きりで。
あの時も深夜だった。終電間近に大きな荷物を持ってやってきて、断る僕を引っ張り出して連れて行った。
雪と汗でびしょ濡れになって、凍えながら帰った後、風呂に入ってカップ麺を食べたんだ。君が買ってきてくれたやつ。
あぁ、そうだ。そうだったな。あの時君はこう言ったんだ。「たまには大人もバカみたいな事して良いんだぜ」って。それでぼくは……。
星空を眺めながら歩く君の横顔を見る。
「上ばっか見て歩いてるとつまづくぞ」
「鼻水垂れそうだから下向けねんだわ」
「……ばか」
「うるせ。大人だってたまにはバカなんだよ」
そう言う君の横顔は笑っていた。僕も釣られて笑って、心の中でありがとうと言った。
直接伝えるのはもう少し待って欲しい。僕もバカにならないと、恥ずかしくて言えないから。
#バカみたい
3/23/2024, 3:01:49 AM