しるべにねがうは

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たそがれ

「王道な雑談を一つ」
「……この時間に?」
「ええ、この時間にぴったりのお話を」
「マジックアワー、ですか?」
「昼と夜が混じり合ったこの空が由来だったように思います」

違ったらすみません、とさして悪く思っていないように付け足す。
まぁ自分だって別にこだわる方ではないので(特に責任のありかなどどうでも良い)そのまま流す。
放課後、誰もいない図書館を夕暮れが赤く染める。
先輩が折り目をつけたプリントをホチキスで留めていく。
手作業で紙を折る音と、ホチキスが紙を留める音が図書館に響く。

「黄昏時、逢魔時とも呼びますね」
「確か、お化けが出るって、時間?でした?」
「そうですね、夜はあちらの時間ですので」

だから早く帰らなければ、と続ける先輩はにこやかだ。
寂しいな、と思った。だって先輩とお話しできるのは委員会の時間だけなのに。学年もクラブも、住んでる地域も全然被らない自分が先輩と会えるのは今だけ。先輩とお話しできてとっても嬉しいのに、嬉しいのは自分だけ。
そんなの寂しい。だからずっと続けばいいのにと思った。
プリントが無くならなければいいと思ったし、
毎日委員会があればいいと思った。
だから祈った。だから作った。だから実行した。
あの日からここはずっと夕暮れだ。

「ずっとずっと、一緒にいたい人がいたんですよね」

せんぱいはプリントを折り続けている。自分もホチキスで留め続けている。ぱちんぱちんすとんすとんぱちんぱちんすとんすとん折って留めて折って留めて折って留めて折って折って留めて留める。
作業は終わらないプリントは無くならないせんぱいは帰らない夜にならない塾はないどこにもいかない家にも帰らない教室にもどこにもいかないいかないでせんぱいだけが、せんぱいだけがいればいいのに。

机の上に山を成したプリントはもう崩れそうだ。
ぎりぎり崩れない山の間からせんぱいの指が見える。
細くて白くて、折れそうな手。あのひ私を振り払った手。
拒絶した手。

「受け入れて貰えなかったの」
「……寂しいですね」
「好きな人が居るって、言われて」
「それは、身を引いちゃいます」
「だから、好きな人がいるなら仕方ないか、って諦めたの」
「好きな人には幸せになってほしいですからね、でも諦められたのすごいです、あなたは優しい方なんですね」
「でも後できいたらその相手が、私の親友で、」

ずっと私がせんぱいのこと好きなの知ってたはずなのに。

「もう何もわからなくなって」
「気がついたら、こうだったの」
「どこにも行けなくて、ずっとここにいるの」

一番好きだったあの時間から、動けずにいる。

「私がいけないの、わかってるの」
「好きな人が好きな人と幸せになるのを喜べない自分がきらい」
「考えたの、私が友達の立場なら、きっとすごく、すごく辛かった」
「でもわたしだって、わたしがいちばんになりたかった」

熱い涙が頬を伝う。
せんぱいだと思っていたせんぱいじゃない誰かは、わたしに優しくほほえんだ。

「一番好きな人の、特別になりたかった」
「だけどそれは叶わなかった」
「信じていた人に、ずっと隠し事をされていた」
「全部辛いことです、とても」

雪崩始めたプリントの山が机から落ちて床を埋める。
夕暮れが夜に移り変わる。
深海のように真っ暗な図書室で、わたしと先輩じゃない誰かだけ、淡く照らす光がある。それがなにかわからないけど、ほんのりすこしだけ、あたたかい。

「あなたはそれらを全てのみこんだんです」
「笑顔で祝福し、見届けた」
「ずっと堪えてきたものが、溢れてしまったんだと思います」
「それがこう言う形で露出した」

どろどろの真っ黒になった手のひらを誰かが優しく包んでくれた。あたたかい。

「帰りましょう、あなたの現実に。大丈夫、こんなになるまで大事な人たちの為に頑張ってきた貴方です。とても素敵で、一生懸命で優しい貴方」
「目が覚めたら、きっと眩しい明日がまっています」
「あたらしい貴方、あたらしい明日が、必ず」

夜から朝焼けに転じた窓の外。
太陽の輝きに目を焼かれる。
あぁ、眩しい。朝が来る。朝が来るなら起きなければ。


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スズメの鳴き声。新聞配達の自転車のベルの音。
朝練に出る中学生達の足音。
香ばしい、焼きたてのトーストの匂い。コーヒーの匂い。朝である。足元に愛しきもふもふを感じながら起きるのは、ひさびさのような、そうでないような。

「…………ゆめ。」
「あ、おはよう。珍しいね、寝坊なんて」
「ここのところずっと…みてた…夢がなんだったか思い出せないけど、なんか、もう見ない気が、する…?」
「良かったねぇ、悩んでたもんねぇ」
「……ちょっと、寂しい気もするけど。まぁ、そうだね。わたしには君がいるし」
「え、なになに?ぼくの話?どんな夢だったの?」
「おぼえてなーい、からいわなーい」
「きになるなぁ、もう」
「あはは」

いつもの朝。恋人とねこ、2人と1匹の朝食。
ねぼすけさんや、起きてくれ。私が立てない。
部屋を見回せば既に準備がほぼ完了した朝食、それと結婚式の引き出物、の空箱。忘れてた。

「あのさ、バウムクーヘン、食べちゃうよ。期限やばかったもんね」
「……………ごめん、昨日全部食べちゃった」
「甘いもの苦手じゃなかった!?大丈夫!?」
「だってさぁ、君があんなに渋るなんて珍しいんだから…」

そう言ってばつが悪そうに目を逸らす。そうだね、いつもの私なら甘いものなんて3日以内に食べ切ってた。何にも言わなかったけど、そういえばこの人割と私のこと見てるんだよね。
自分に差し出されていたやさしさを見つけると、ほんのすこしむねがあたたかくなる。

「私ね。君のそう言うところ、割と好きだよ」

優しい貴方、私にも優しさを返させて。
具体的には。昼ごはんは君の好きなものでいっぱいにするとか、どうかな。

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「で、今回のオチは?」
「〇〇高校の図書室に発生した怪異、『夕暮れ時、誰もいない図書室に1人で入ると異次元に迷い込んで帰れなくなる』解決!ですわね」
「俺は廊下で待ってただけだけど何してたの」
「強い思念が残留していましたので話を聞いていました」
「暴力で解決しないの珍しいな」
「いつも暴力みたいな言い方やめてくださる!?」
「制服のデザイン違ってたけど他校?」
「校章が同じなのでこの学校の10年ほど前のものかと」
「お嬢はセーラー服着たことある?」
「他校潜入時になら」
「俺、変身ヒロイン系のコスプレで着せられたことある〜お揃いだね」
「それ言いたかっただけでしょう貴方」

10/1/2024, 1:36:07 PM