【愛を注いで】
私の叔父は一昨年亡くなった。
やさしくて、物腰がやわらかく、おだやかで、自由で、だけどすこし神経質。ふらりと同僚と旅行にいき、いつのまにか帰ってきていた叔父。
浮いた話のひとつもなく、職場をしょっちゅう変え、実家の猫には逃げられ、それを見た甥からは笑われる。
父をはじめとしてきょうだいたちから、掴みどころのない、頼りないやつとして愛されてきた。
そしていつもふふ、と笑っていた。
未婚の叔父に長い間パートナーがいたことを、彼の病床で知った。
私のなかに何十年も前から残っている叔父のすがたや言葉、笑顔、声色が思い出された。
看護師という資格をもちながらも住処を転々としていた叔父。
その時々、節目節目に、隣にいたであろう、誰か…。
救急で運ばれた理由はビルからの「転落」。
その後病気が見つかってもなお、処方薬よりも優先して飲もうとしていた「薬」。
極めて厳重に配慮の施された個室で医師から告げられた持病の「名前」。
目の前にならんだいくつかの事実を迷うことなく美しく繋げていくひと筋の光の行先に、自分たちの知らない叔父の姿が見えるようで、私も、兄である父も、誰もが言葉をのみこんだ。
昭和の時代を生きてきた叔父が、誰にも言わないと決めた秘密、守ろうとした尊厳。
その時はじめて、叔父の人生の外郭を知った気がした。まるで知らないひとのようだった。
誰にも真実はわからない。
そして真実にそれほどの罪があるとは思えない。
それでも、叔父は何も教えてくれないままで逝ってしまった。
大きな秘密をひとりで抱えたままで、ひとりで。
私たちは仲が良かったのに。
そうだ、私は叔父が大好きだったのに。
だけど、と思う。
転落するほどの愛があったのなら、それでいい。
愛されていたのなら、愛を知っていたのなら。
私たちが、わからなさの中にさえ叔父の愛を感じるなら、もうそれがあなたからの言葉ということでいいから、それを受け取るから、どうか、
どうか、今、しあわせであるように。
また、いつか、どこかで会えるように。
12/14/2024, 2:26:03 AM