氷室凛

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 店長さんはどこからともなく鳥かごを取り出し、その中に火をつけた。
 この鳥かごはどこかで見た覚えがある──そう、あれだ。店長さんと初めて会った、雑貨店に置いてあったものだ。

 かつて歌姫と呼ばれていた私はライブ中に意識を失い、次に目が覚めたときはこの魔法ありモンスターありの不思議な世界に立っていた。
 自分はこの魔法雑貨店の店長で、きみが目覚めるには隠された「心」とそれを開く「鍵」を見つけなきゃいけない──そう言いながら、店長さんは壁一面に掛かる鳥かごに次々火を灯していったのだった。

 ああ、あれはどれくらい前のことだっけ。
 この世界にカレンダーなんてものはないから、あれから何日経ったのかわからない。一応規則的に日は出て沈むようだけど、そんなのいちいち数えちゃいない。
 つい数日前だった気もするし、もう何年も前だったような気にもなる。

 ただわかることと言えば──再び鳥かごに灯った火は、以前見たときよりも随分小さく揺らめいていた。

「もうあんまり時間がないね」

 怪しい影を踊らせながら店長さんは呟いた。
 その言葉に、なんとなく感じていた予感が確信に変わる。

 ここは異世界、もといあの世とこの世の狭間らしい。
 この世界で死ねば現実世界の私も死ぬし、「心」と「鍵」を見つければ、意識を取り戻してまた日常を送るのだろう。

 だから──。

 現実世界に帰るにせよ、死後の世界に旅立つにせよ。
 ハッピーエンドにせよ、バッドエンドにせよ。

 この旅路の終わりはもうすぐだ。




20240902.NO.41「心の灯火」

9/2/2024, 12:38:14 PM