『記憶のランタン』
来年、俺たちは同棲する。
まだ互いの両親に挨拶をすませただけだが、俺は今のうちに、不要な荷物の整理を進めていた。
俺の部屋の片づけを手伝っていたはずの彼女が、箱をひとつ抱えて俺の隣に座る。
「ねえ。これなに?」
「なにって、ただのランタンですよ?」
電池を3つ入れてから、スイッチを押すと、仄かなオレンジ色がじんわりと灯る。
つまみで明るさを調整してローテーブルの上に置いた。
「ほら」
「おぉ。ついた」
なんの変哲もないただのキャンプ用のランタンに、彼女は興味津々と食いついた。
燃料ではなくLEDだから、テントの中でも使えるという利便性だけで選んだものである。
デザインだけはブリキでアンティーク調にして少しこだわってみた。
電池で動くし、ソーラーパネルで蓄電もできるから、防災用に残していたことを思い出す。
玄関が推しのテリトリーになったから行き場がなくなり、適当な収納棚に押し込めたのだ。
「キャンプ道具はあらかた手放したと思っていたんですが、まだ残ってましたか」
「あれ? キャンプとかする人だっけ?」
彼女の視線がLEDランタンから俺に移る。
目を丸くする彼女に、俺はなんの気なしにうなずいた。
「声をかけてもらって数回程度ですが」
「ふーん」
日常的に体育館を駆け回っているせいか、彼女は読書や美術展など、意外とインドアな趣味を好む。
いわゆるソロキャンプに挑戦するほどハマれなかった俺は彼女と交際を始めて以降、出番がなさそうなキャンプ用品は処分していった。
「れーじくんって文芸部のクセにフットワーク軽いよね」
「文芸部、関係あります? それ」
「私と出かけるときはそういう感じじゃないじゃん」
唇を尖らせていじけ始める彼女の頬を突いた。
「それはそうでしょう」
彼女の体力は申し分ない。
キャンプはさておき、きっとアクティブなデートも楽しめるはずだ。
むしろ彼女よりも先にバテる自信がある。
暗がりさえ気をつければ山でも川でも海でも空でも、どこに誘っても好奇心の強い彼女は快諾するに違いなかった。
そういうデートをしないのは、単に好みの問題である。
「俺、あなたとはまったり過ごしたいですもん」
「まったり?」
体を動かすことは好きなほうだ。
アクティブなデートスポットに行けば、俺だって楽しんでしまう。
しかしそれでは、彼女に割けるリソースが減ってしまうのだ。
「ほかごとに気を取られてあなたとの時間が終わるのは、もったいないじゃないですか」
どうせ時間を忘れるのなら、流動的な彼女の魅力を目に焼きつけながら忘れたい。
だから、できるだけ緩やかなデートを選んできた。
「私ってめちゃくちゃ愛されてるんだね?」
はにかんだ彼女が、茶化すように俺の顔を覗き込む。
挑発的な笑みに煽られて、つられて俺の顔も緩んだ。
「まだまだ、こんなもんじゃありませんけど?」
ランタンの電源を落として箱にしまう。
少量の光を失ったリビングで、ほんのりと赤く色づく彼女の頬に触れた。
「ちゃんと、覚悟してくださいね?」
素直に両目を閉じる彼女の唇に、自分の唇を重ねた。
11/19/2025, 6:58:54 AM