スリル。
小説。
出前館さんやウーバーさんは、動きやすくて清潔感のある格好をしている。片手に端末を持って、商品受け取り口へまっすぐにやってくるので、ぱっと見で判別ができる。
お客さまへは「いらっしゃいませ!」といい、出前館さんやウーバーさんには「お疲れさまです」という。
ぱっと見で客か、ウーバーさんたちか見分けられるしかも百発百中の先輩がいる。
その日は大雨で、夏はもうこれっきりというような荒れた天候だった。
店内はガラガラだった。雨やどりにときどき人が入ってくるくらいで、あとはフードデリバリーとネットテイクの注文が届くきりだ。
こんな日にウーバーなんてと俺は思うが、ウーバーさんのなかは「楽しいじゃないですか! こんな日こそ!」「平気ですよ! 好きなんです」と言っている人もいる。こんな日に商品を取りに来てくれるのはそういう配達員さんだ。
「スリルですよ」
「スリルですか」
「じゃッ。お疲れさまです」
「お疲れさまです。おねがいしまーす」
俺は、せめて事故に遭わないようにと祈りながらウーバーさんを見送った。
入れ違いでつぎのお客さまが入ってきた。
蛍光オレンジ色のつなぎを着たお客さまだった。
ウーバーさんかな、出前館さんかな、見たことない配達員さんだ、と思いつつ、「おつかれさまでーす」と声をかける。
若いお兄さんははにかんだ。
「番号おねがいしまーす」と俺はいった。
「すみません。ネットで注文していたN0010です」といわれた。
ウーバーじゃなかった。
「ウーバーかと思ったわよねぇ」とフロントの田川ナミ子さんにも囁かれた。
「服がね、あれだものね、世良くん」
「オレンジですからね。俺、間違えましたよ。お疲れさまですって言っちゃいました」
「あたしも。焦っちゃったわ」
「スリルですねぇ」
「はァ?」
オレンジのつなぎのお兄ちゃんが雨の中を走り抜けているのが見えた。
店の前のタクシー乗り場脇に、ゴミ収集車が止められていた。
ゴミ収集車のお兄ちゃんだったのか。
ゴミ収集車には運転席にもひとり乗っていて、お兄ちゃんに向かって助手席の扉を内側から開けてあげていた。
いっしょに食べるのかなとおもっていると、ナミ子さんが、「おいしいもの食べてほしいわね」といった。
「そうですね」
「お疲れさまよお」
「お疲れさまですね〜」
時間帯責任者のウルシバタさんが、そのときうしろから飛び出してきた。
「ええーい帰りましょう! あと一時間で店を閉めます。店は十五時までね。わたしと世良くんは残ってクローズ。ナミ子さんは十四時で上がっていいわよ」
「やったー!」
ナミ子さんがお疲れさまでーすとフロントでくるくる回る。
それを見て、雨やどり中のお客さまが笑っていた。
読了ありがとうございました!
11/13/2024, 9:25:41 AM