泡沫

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「兄さんの場所が分かったぞ」
急いでやってきてくれた人に返事をする暇もない。白杖をつきながら早足で兄のいる場所へと向かう。急げ、急げ。足を止めるな。10年前に生き別れた兄。この街に来ていると知ってから5年。それでも全く会えず、もう死んでしまったのかとさえ思った。この街に来てから辛いことも苦しいこともあった。目が見えなくなったのもこの街に来てからだ。辛いものをもう見たくなくて。でももう大丈夫。兄がいたら。兄がそばにいてくれさえすれば、また生きることが出来る。ここで足を止めてはだめだ、また兄に会えないような気がする。

「お兄ちゃん……?」
後ろから案内してくれた人の息を飲む声がする。
何も聞こえない。お兄ちゃんの声も。足音も。

「お兄ちゃん、どこ?」
分からない。聞こえない。
おそるおそる手を出しながら前に進む。

数歩歩いたところで、なにかに触れた。怖くて足がすくむ。

「え……?」
それは人の肌だった。冷たい。なにかに切られたような跡がある。その付近には水のような液体が付いている。おそらく血だ。

……これがお兄ちゃん?
カッと熱いものが頬を伝う。
頬。手。髪。間違いなく、わたしのお兄ちゃんだった。

ようやく会えたと思ったのに。2人でこれから生きていけると思ったのに。
ああ、神様。もしもあなたがいるなら、お兄ちゃんをもう一度生かしてください。

『奇跡をもう一度』

10/2/2023, 11:14:03 AM