きっと明日も当たり前に

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世界には、数多くの謎が存在する。
宇宙の始まりの謎であったり、古代の遺跡であったり。はたまた、政治の陰謀論であったり、歓楽街に潜む闇の世界であったり…。
その多くは、「時間と空間」に関わるものが多い。
しかし、僕の謎は違う。
僕の謎は、『人の気持ち』だ。
時間も空間も立ち入ることができない、人が持つ『絶対不可侵』のその領域に、僕の謎は存在している。

かつてはカウンセラーとして人々に接し、今はバーテンダーとしてお客の人々を観察する僕には、友人曰く特別な能力が備わっているらしい。

人心掌握の素養。
いわゆるメンタリストとしての素質だ。

確かに僕には、話し相手の考え、相手が僕に求める答え、そして相手が受け入れやすい口当たりの良い意見などが、まるで事前に答えを盗み見たテストかのように手に取ってわかる。
相手の目線、声のトーン、話のスピード、口から放たれるワードセンス、仕草、服装、爪の手入れ具合 etc etc。
僕から言わせれば、目の前には見たくもないヒントが数多く並べられ、逆にそれを無視して先に進む方が労力の無駄使いまであるが、その景色を見ることができる人は、意外にもそう多くないようだった。
その気になれば、悪用など容易いこの能力。
僕が悪事を行わない理由は、単純にも生前の父から言われた「人生、小賢しい真似だけはするな。」という言葉があるからだ。
それを良いか悪いか真面目に受け取り、日々、自分をすり減らしながら相手のメンタルを支えることに尽力するのが、僕の日常だ。
「え?そんな能力があるなら疲れないんじゃない?」
残酷にも、そんな言葉を何度も友人からかけられたことがある。
…確かに、側から見るとそんなふうにも見えるのかもしれない。
すでに答えがわかっているテストの解答をなぞる。
例えやすいのでこの言い回しをよく使ってはいるが、その実、僕が望んでもいない人の心の内を覗き見ながら会話をする状態は、僕にだけ大量のゴミと蟲が見えている廊下を、足の踏み場を探しながら部屋の主と一緒に歩くようなものなのである。
どんなに元気で活動的な人の部屋も、どんなに病んで消極的な人の部屋も。
人の心ほど、混乱し、破綻しているものはない。
みな自分基準で見たくない部分に蓋をして、残った空間に妥協できる生活スペースを確保しているが、”お客さん”である僕には、本人すら見ようとしていない部屋の全てが視えてしまう。部屋の隅に隠された、見たくもないものまで全て見えてしまう。そんな部屋の中で、部屋の主と会話をする苦しみは、同業者にしかわかってもらえないだろう。
『無知は幸福』
そんな映画のキャラクターのセリフを実感するような、消耗戦を繰り広げる日々が、これからも続くのだろうと思っていた。

「ずっと前から、好きでしたよ?」

文字通り、天地がひっくり返ったのは、そんな一言からだった。
裸の王様は…、自分に向けられた矢印に気がついていなかったのは、僕だったなんて。
自意識過剰と切り捨てていた記憶が、…今度は自分の部屋の蓋が取り払われる。
困ったことに僕にはメンタリストの素養があったと同時に、自分に向いた矢印にだけは絶対に気が付かない「鈍感系ハーレム主人公」としての素質もあったようだ。
意外だ…、という顔をした僕に、友人は追撃した。
「お前は、本当はわかっていたはずだ。でも、卑怯にも自分が傷つきたくないから、相手が動くのを待っていただけだ。そんなんだから、誰もお前にその事実を言わなかったんだ」


気がつけば、寝落ちしていた。
布団から体を起こして、隣に眠る友人の寝顔を見る。
今となっては、人の心が全く見えない…。
でも、そんな「question」の世界の夜明けは、何故だか僕には、とても清々しいものだった。

3/5/2025, 5:14:09 PM