怖がりな奴だったのだ、と思う。
アスファルトの道を、自転車で走る。
道の真ん中で歩いていた雀たちが、パラパラと前を通り過ぎてゆく。
危ないな、と思う。
でも彼らは轢かれるなんてそんな間抜けなヘマをせず、要領よく、地面スレスレを飛び去ってゆく。
最後の一羽が飛び抜ける時は結構タイヤ前スレスレで、こちらも緊張する。
そして、最後の一羽を見るたびに、アイツは怖がりな奴だったのだ、と思う。
学校に通ったことのある人なら誰でも経験があるであろう、クラス対抗の大縄跳び。
アイツはそれが、どうしても苦手だった。
ぐずぐずと首を上下しながら縄を見つめ、当然のようにタイミングを見逃して、後ろの奴に文句を言われ急かされて、思い詰めたように、縄に向かう。
そして、引っかかる。
アイツはそんな奴だった。
アイツはもともとスポーツ万能。
大縄以外の体育の時間は大活躍で、どんな分野であろうと1位を総舐めする。
「父さんがスポーツ好きなんだよ。家族全員でスポーツするのが夢だったとかでさ。おかげでウチは毎週スポーツ大会だよ」
体育のことを褒められた時、アイツはいつもそう言った。
でも、大縄だけはダメだった。
なんで大縄だけダメなんだ?と聞いてみたことがある。
「…まあ、人には一つくらい弱点ってやつがあるってことだろ?俺の場合はそれなんだよ。いやぁ、俺の同級生って、幸運だよな、俺の数少ない弱点が見られるんだから!」
アイツはいつも、そう言って、笑い飛ばした。
今ならわかる。アイツは怖がりだったのだ。
アイツは、大縄の時に後ろに並ぶ、“みんな”が怖かったんだ。
アイツは長男だった。弟も妹もいた。
でも、休日も平日の放課後もスポーツに打ち込むスポーツマンはアイツだけだった。
アイツの弟は、ゲームのスポーツの方が好きで、父親の反対を押し切り、自分の力でその道へ進んだ。
大したやつだよ、アイツは言った。
アイツの妹は、もっと勉強したがった。妹はアイツの母親と一緒に家を出て、第一志望の国公立大へ行った。
家族みんなの自慢だよ、アイツは言った。
アイツはずっとスポーツマンで、休日はずっと父親と過ごしていた。ずっと、ずっと、ずっと……
アイツは怖がりだった。そして、優しかった。
誰の期待も裏切れなかった。バカ臆病だったのだ。
雲の隙間から差す日が眩しい。
目を細めた隙に、カゴの中の牡丹餅がガタンと揺れる。
なあ、お前は幸せだったか?
アイツには絶対に聞けないことを、でも聞いてやらねばいけなかったことを、今更呟く。
それにしても眩しい日差しだ。雲に邪魔されて隙間からしか見えないくせに。嫌になるほど、涙が出るほど…
…なあ、一番の怖がりはどっちだったんだろうなぁ
アスファルトの道はまだ続いている。どこかで雀が、チュンと鳴いた。
3/16/2024, 5:18:58 PM