「久しぶり」
信号を待っている間に声をかけてきたのは、いかにも軽薄そうな男だった。
最近見かけなくなった有線イヤホンで音楽を聞いていた私は、男の幾度の呼びかけにも数回無視をしかけた。
「いやあ、相変わらず物持ちがいいなあ」
それでも男は気分を損ねず、うっすら生えた顎鬚を撫でる。
男は信号が赤から青に切り替わると、「じゃ」と道路を颯爽と渡っていった。
私は男の消えた雑踏を眺めたまま、その場からしばらく動けなかった。
「……誰?」
信号がちかちか点滅し始めて私はようやく正気に戻り、駆け足で向こう側へ渡った。
2/19/2025, 2:47:03 PM