「子供のように。」
あの日も、夕暮れ時の街は静かだった。ビルの隙間から見えるオレンジ色の空が広がっている。その景色を眺めながら、私はいつものように、周りの空気を読むことに必死だった。
電車の中、カフェ、職場。どこにいても、私は自分の発言や行動が他人にどう見られているかを気にしていた。人に嫌われることが何よりも怖かった。だから、誰かの期待に応えるように、周りに溶け込むように、常に注意深く生きていた。
「自分らしく生きればいいのに」と、周りからはよく言われた。でも、“自分らしさ”とは何なのか、そんなことはもうわからなくなっていた。
今日も同僚の些細な冗談に愛想笑いを浮かべ、当たり障りのない返事を返した。そして、家に帰る途中、ふとガラスに映る自分の姿を見て立ち止まった。そこに映っているのは、自分ではないような気がした。いや、そもそも本当の「自分」なんているのだろうか?
そんなことを考えながら歩いていると、ふと公園の前に差し掛かった。ベンチに座り、ぼんやりと公園を眺める。小さな子供たちが走り回り、笑い声が響いていた。
その中のひとり、少し泥だらけの男の子が目に入った。服が汚れていることなんて気にせず、思う存分遊んでいる。彼は何も周りの目を気にしていない。ただ自分のやりたいことをやって、楽しんでいる。それがまるで、自分にはもう持ち得ない何かのように感じられた。
「あの頃は、私もそうだったのに…」
思わず口から出た言葉に、少し驚いた。子供の頃は、他人がどう思うかなんて考えず、ただ自分が好きなことをしていた。泥だらけになろうが、笑われようが、そんなことはどうでもよかった。だが、いつからだろう?周りの視線に怯えるようになり、自分を閉じ込めてしまったのは。
男の子が砂場で倒れ、手についた砂を笑いながら払う。その姿に、不思議な懐かしさを感じた。あの頃の私も、転んだり失敗したりしても気にせず、何度でも立ち上がっていた。
「もう一度…、子供のように生きられたら」
ふと、胸の中でその願いが芽生えた。自分が何をしたいのか、どう生きたいのか、他人の目を気にせずに追い求める勇気を持てたら、きっともっと自由になれるのだろう。
そのとき、背中に軽い衝撃を感じた。気がつけば、男の子が私の横に座り込み、にっこりと笑っている。私に話しかけるつもりはなく、ただ疲れて休んでいるようだった。
彼の無邪気な笑顔を見ていると、ふいに胸の奥が温かくなった。何かが解き放たれるような感覚があった。私は深く息を吸い込み、静かに立ち上がった。これからは、少しずつでもいい。周りの期待ではなく、自分がどうありたいかを探していこうと、そう思えた。
子供のように、純粋に、自由に。
これが、私が忘れていた大切なものだったのかもしれない。
10/13/2024, 12:29:02 PM