未知亜

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ㅤ待ち合わせの駅前に、君は真っ赤な顔で現れた。
「大丈夫?ㅤ汗すごいけど。ちょっと休んでから行く?」
ㅤ読みかけの文庫本に栞を挟み、僕はガード下のカフェを指す。
「ああ。へーき、へーき」
ㅤリュックからスポーツドリンクを出した君は、きっぱり言い切ってペットボトルを煽った。
「汗は止まんないけど、見た目より平気だから。体育祭の練習ばっかで暑さに慣れたんかな」
ㅤ触覚過敏というのかどうか、肌に何も触れない方が落ち着かないらしいと姉から聞いていた。学校では一年中長袖で通しているそうだ。
「どうせこのあと死ぬほど汗かくし」
「それもそうか」
ㅤ予報では今日は三十二度まで上がるらしい。なんなら既に超えているかもしれない。カバンにしまった文庫本の代わりに、僕はICカードを手にする。
「梅雨もまだなのに、もう夏だよね」
「だね」
ㅤ君の案内で、これから秘境と呼ばれる廃線を見に行くのだ。きっと死ぬほど暑くて、たまらなく熱い一日になるだろう。
ㅤ君の背中に続いて、僕は改札を入る。さあ行こう。僕らの夏の始まりへ。


『さあ行こう』

6/7/2025, 9:39:58 AM