俺は完璧だ。
自分で言うのもアレだけど、大抵のことはすこし努力すれば一番になれるし、イケメンだし、何より家は超がつくほどの金持ち。
しかし、そんな俺にも唯一手に入れることができないものがあった・・・
隣の席の馬場祥子。
決して美人とは言えない顔立ち、勉強も運動も総じて普通。
とりたてて特徴らしい個性はない。
ただ、ひとつ彼女が他と違っていたのは、そう、女子の中で唯一、俺に興味を示さない所だ。
今まで金目当てで近寄って来る女はそれ相応にいたし、そうでなくとも、俺は見た目も性格も完璧なので、大抵の女子は好きとまでいかなくとも、俺に対して何らかの好悪感情を持っているものだった。
目を見ればわかる。
好奇の目、嫉妬の目、イケメンは苦手だ、と、逆に俺に敵意の目を向ける者もいたな。
俺は生まれたときから様々な視線に晒されて生きてきた。
数多の中、馬場の目は俺を恐れるでもなく、敵視するでもなく、媚びることもしなかった。
ただ、俺の隣の席にいて、挨拶と、ちょっとした日常会話だけをしていた。
これは俺にとって今までにない経験で、そんなただ、隣にいてくれているだけの馬場に、俺は少しずつ揺れていた。
全てを持つ俺でも、恋愛感情がどんなものかは知らなかった。
沢山の人に囲まれていても、特定の誰かに心が動くことはほとんど無かったのだ。
しかし、知ってしまった。
本当の恋というものは、その安っぽい響きに似合わず、俺の想像よりはるかに重たいものだった。
こんな不毛な思いをするなんて、俺らしくない、そう思いながらも心はずっと隣の席の方を向いていた。
そんな馬場にアピールをし続けてはや一ヶ月が経つが、これが驚くほどに何の手応えも無いのだ。
お昼休み、屋上で弁当を親友の智春とつつきながら、俺はうめいていた。
「くっ!馬場の奴め、いくら俺のかっこよすぎる所を見てもまったくときめいている気配が無い・・・しかも、欲しいものがあるなら何でも買ってやるっつったら、『なにもいらない』とか言うんだよ。欲しいものぐらいあるだろ。女子高生なら特に、リップとか?パフェとか?」
俺が愚痴り終えると、智春は緩慢な動作で箸を置いた。
「でも、征也は馬場さんのそういうところが好きなんじゃないの?」
「え」
俺は目を瞬かせた。
「馬場さんはさ、要するにお前が勉強できるとか見た目がいいとか金があるとか、そういう表面的なことを見てるんじゃなくて、お前自身を見てるんだよ、きっと」
「俺自身を・・・?」
そんなことに意味なんてあるのか?
もし俺が勉強ができない、イケメンじゃない、金持ちでもない、普通の男子高校生だったら・・・
それでも、馬場は俺に話しかけてくれるのか?
「征也は、今までそういう表面的なステータスで勝負してきたから、それが通用しない馬場さんという存在が魅力的で、かつ最大の謎だと思ってるんじゃない?」
「謎・・・」
智春は、たまに恐ろしく鋭いことを言う。
俺はそんなこいつを心底信頼している。
「まぁ、いい機会じゃない?征也が自分に自信を持てるようになるには」
「自信〜?何言ってんだよ、俺ほど自信に満ち溢れた存在はいないぞ?」
「なら、さっさと告白してくればー」
ぐ、こいつ・・・本当に容赦がないな・・・
俺は、今までずっと自分を完璧だと思っていた。
十七歳の春、その確信は少しずつ、少しずつ、アスファルトの上の雪のように、崩れ始めていた。
3/8/2023, 12:49:50 PM