高木いずみ

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【夜の海】

僕は、夜が嫌いだった。子供の頃から、暗くなると胸が締めつけられるような不安に襲われ、心がザラザラとした感覚に包まれるのだ。

ある日、会社帰りの夜道で、僕はふと足を止めた。ビルの隙間から見える小さな空に、一つだけ星が瞬いていた。それは、いつも見逃していたものだった。普段なら夜空なんて気にしない。でも、その日はなぜか目を奪われた。

「夜が来るから星が見えるんだよ。」

突然の声に驚いて振り向くと、そこには見知らぬ小柄の老人が立っていた。どこか飄々とした雰囲気を纏っていた。

「君は何か悩んでるんじゃないのかな?」老人はにこりと笑った。

「え?」僕は面食らったが、なぜかこの男には警戒心が湧かなかった。

「夜が怖いと思っているなら、それは君がまだ星を見ていないからだ。」彼は星を指さした。「暗くならなければ、星の輝きは見えないんだよ。」

僕は黙ってその星を見つめた。確かに、夜が来なければ、こんな小さな光さえも気づかない。でも、それが何だというのだろう?

「夜が来ると、不安になるものだよ。」老人は続けた。「でも、その不安の中に、君を導く光があるんだよ。星は、道しるべになるだろう?」

「道しるべ…?」

「僕たちはみんな、星を見つけるために夜を迎えるんだ。君が今感じているその不安も、実は君を本当の自分に導くためのものかもしれない。星を見つけたら、夜が少し怖くなくなる。そう思わないかい?」老人はそう言って、立ち去っていった。


ある夜、またあの星を見上げた時、僕ははっきりと気づいた。僕の不安は、何もない暗闇から生まれていたのではなく、自ら作り出す幻想だったのだ。もし僕がこの不安を乗り越え、星を見つけることができれば、もっと強くなれるのではないかと感じ始めた。

「夜が来るから、星が見える。」

老人の言葉が再び蘇る。夜を恐れるのではなく、夜が来るからこそ、見つけられるものがある。


暗闇の先にある星の光が、少しだけ僕の道を照らしてくれる。

静かな波の音を聞きながら、夜の海で、

8/16/2024, 8:47:24 AM