ほろ

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バイト先の事務所の机の上。見慣れないB5ノートが1冊。
新しい引き継ぎノートかな、と思いながらパイプ椅子を引いて座る。まあ、私には関係ないし。
休憩時間には、ネイルとスマホのチェック。それ以外はやらない。せっかくの休憩時間がもったいない。

だというのに、私はノートに手を伸ばしていた。
休憩時間、残り5分。
ノートは、どうやら誰かの日記らしかった。左上に日付が書いてあり、日付の下にはズラッとその日の出来事が並んでいる。
「ん?」
パラパラとめくっていると、『クリスマスデート』の字が見えた。思わずそのページを凝視する。
『クリスマスイブ』『イブの意味』『先輩がデートに誘ってくれた』などなど、覚えのある単語が並んでいる。

そういえば。私は、クリスマスイブにイブの意味を後輩に調べてもらって、そのあと後輩をデートに誘った。デートといってもイルミネーションを見て、ファストフード店でだべったくらいの、可愛くないやつ。
そのデートの話が、ノートに書いてある。『嬉しかった』『楽しかった』『先輩はもしかしたら、』

「おつかれさまでーす」

バン!
勢いよく日記を閉じた。思ったより大きい音が鳴った。
「おつかれー」
冷静に、ネイルを弄っているフリをして、私は返事をする。
事務所に入ってきたのは後輩だった。日記の持ち主。デートの相手。
「先輩、休憩あと何分です?」
「2分」
「そうですか、ちょっと残念」
残念って何が。日記の続きが頭にチラついて、「そうだね」なんて適当な言葉を返す。バレていない。日記を読んだことは、多分バレていない。
「じゃあ、いってらっしゃい」
「……いってきまぁす」
椅子から立ち上がり、私は事務所をあとにした。
そのまま、トイレに寄って鏡を見る。
「……ウケる。顔真っ赤じゃん」
こんなんでこの後のバイト、大丈夫なんだろうか。

『先輩はもしかしたら、』

あの続きはなんなのだろう。
閉ざされた日記の、爆弾みたいな1行が頭に残って消えなかった。

1/18/2024, 12:24:39 PM