ゆいに

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「尾崎豊の息子がお父さんの歌を歌い出して…」

「芸能ネタはもういいからね、新人ちゃん」

「でもなかなか、こう、お父さんの初恋曲を歌うというのは大変なんだろうなって、」

「芸能にクビ突っ込むのやめなさい。うちは演劇部だから。文春じゃないからね」
部長はさりげなく週刊誌を名指しでdisる。漫才のファンではなく、その前のジョジョ歌舞伎が、いや、そのことは置いておこう。

「ハーイ!じゃあ次の新入生歓迎の演し物は何にしますか?部長と私だけだと漫才になってしまいますが」

「新人ちゃんお前演劇を舐めてるの?能だって舞台に2人しか居ないんだよ?」

「ウチ黒子も居ません。よく潰れませんよね、まあだから新人を、私よりも更に新人を増やすためにも演し物を工夫しなきゃいけないんですけど」
口の回る新人である。が、演劇部には現在2人しか居なかった。(ト書き要らんでしょう⁈)

「2人でできる演劇ねえ…なんかパントマイム的な?」

「パントマイムで思い出しましたがガラスの仮面になんか人数が激少い芝居無かったですか?例えば梅の精霊が出てくる未完の芝居とか…」

「うぉまえいきなり演劇の真髄を突くな!紅天女は演劇の到達点だぞ!それをいきなり初手から…」

「あれ確か男と天女だけでしょ。限りなく2人くらいの人数じゃなかったですか?」

「うーん、やってやれない事はないけど、じゃあ紅天女は誰がやるの?」

「え、それはもちろん私g「紅天女は演劇の到達点です。勿論部長の俺が!」

「…や、やるんですか…」

「目に見えて引くな。坂東玉三郎だって中身はおじさんだ。」

「坂東玉三郎を引き合いに出すのは流石に図々しいと思いませんか?部長」

「坂東玉三郎は『ナスターシャ』で室内劇で2人劇やってんだよなあ…」

「それは生憎存じ上げませんで」
知識の少ない所を殊勝にも告白する新人だが、単にこの話題をさっさと切り上げたいだけなのだが、突然部長が朗らかな明るい声を上げる。

「じゃあ俺が魔性の女ナスターシャ兼純粋な男ムイシュキンで、お前が俺に惚れるヤクザな乱暴者のラゴージンな!」

「またスッと流れる様に女役を取る。」

「多様性の時代に一番ウケるヒロインを逃す手はねぇだろ」

「目立ちたいあまりに。」

開き直って凄んで見せる大人気ない部長である。


そんなわけでラゴージンの新人はナスターシャ兼ムイシュキンの部長を床ドンして押し倒す羽目になったのである。口にナイフを咥えて。

「…こっからどうするんでしたっけ」重力に逆らって逆しまに部長を見下ろし、ナイフを右手に持ち替えた新人は茫然と呟く。血の気が下がる。若しくは上がる。

「…実は検証用のDVDがまだamazonから届いて無いんだ。」

昼下がりの演劇部で、赤いショールを被った男を組み伏せた女が、振りかぶったアルミホイルのナイフを男の腹に突き立てる穏やかな午後である。



1/29/2024, 3:05:24 PM