冷瑞葵

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虹のはじまりを探して

 雨上がりに光の反射で空に浮かび上がる、カラフルなアーチ状の現象。
 それは大抵の場合長くはもたず、時間の経過とともに薄くなり、やがて消えていく。その儚さにこそ人々は惹かれるのだろう。
 困る。大変困る。一度現れた虹は二度とは現れない。似たものはあっても同じものはない。一度消えたらそれで終いだ。困る。
 僕が出会ったのは恐ろしくデカい虹だった。海の向こうにまで届くんじゃなかろうかというくらい、荘厳で威圧感のある虹だった。別に近づきたくて近づいたわけじゃない。雨上がりに上を見上げたらそれがあった。普通の虹ではないと直感的に悟った。
 次の瞬間には体が浮く感覚を覚えた。歩こうとしたら地面がなくなっていた。驚いた。そりゃあ驚いたさ。
 手持ちのカバンを唯一拠り所として抱きしめて、空中で歩こうと藻掻いた。水滴に反射した光が目に眩しかった。僕は虹に吸い込まれていた。
 正直に言って、死んだんだと思った。虹の橋を渡るという表現があるが、あれは正しかったんだなぁなどと思ったものだ。
 しかし僕にはまだ体温がある。見知らぬ土地で、夜空の下で呆然と立ち尽くしている。
 ――つまり、なんだ。にわかには信じがたい話だが、あの虹は多分ワープホールだった。
 僕は虹の始点から終点までひとっ飛びに移動してしまった。
 暗闇の中でぼんやりと照らされている看板には見知らぬ言語が書かれている。一瞬本当に天国かと思ったけれど、GPSはしっかり機能して僕の位置を指し示していた。だだっ広い平野の真ん中に青い丸がぽつんと光っている。
 公共交通機関は、徒歩で行けるような場所にはなさそうだ。見たところ家もないし当然人も歩いていない。朝になれば誰か来てくれるだろうか。
 なんか――もう、わかんないな。これからどうしよう。
 帰る手段は何かあるだろうか。一番に思いつくのは来た道――否、虹を戻ることなのだけれど、虹のはじまりが見当たらない。真夜中に虹が残るはずもないか。困った。
 日が昇ったらまた虹のはじまりを探して、地元まで連れて帰ってもらおう。どうか別の場所に連れて行かれませんように。
 あぁ、今晩のうちに雨が降ることも願わなきゃいけないのか。まったく、恨むよ。雨降ってくれよ。

7/28/2025, 10:07:38 PM