※天体観測部の部長と副部長の話、第三話。ひとまずこれにて完結としておきます。
書いてる本人はBLだと思っていな以下略ですので、ほんのり程度でも苦手な方はご注意ください。
「ん〜、この辺りとかどうかなぁ〜?」
「あー、いいんじゃないすか? 見晴らしいいし、よく見えそう」
コテージに到着して荷解きし、二人で近くにある売店まで向かって適当に食料を調達し、コテージに帰ってそれらを腹に収めていたら程よい時間になっていた。夕暮れと夜の丁度中間みたいな。なんて名前で呼べばいいのかわからない、この短くも美しい、夕方と夜の間に存在している神秘的な時間。
俺たちは必要なものだけ入れた随分と軽くなったリュックを背負い、望遠鏡を各々担いでコテージを出た。
そうしてなるべく小高い方、小高い方へと歩みを進め、空が遠くの方まで綺麗に見えそうな観測スポットを探した。幸いにも丁度いい感じの場所を部ちょ······望(のぞむ)先輩が見つけてくれたので、地面にリュックを下ろし望遠鏡のセッティングを始める。
「ねえねえ、ゆーやくんはさぁ」
お互い望遠鏡の微調整をしている中、望先輩が唐突に話し掛けてくる。
「どうして天体観測のこと、好きになったの?」
俺は呆れたように嘆息してから返答する。入部したその日、部室で話したことと全く同じ内容を。
「初めて行ったキャンプで見た星空が綺麗だったからですよ。入部した時、部員全員の前で発表させられましたけど······望先輩、そんなことも忘れたんですか?」
すると先輩は「それは知ってる」と端的に返してきた。そして続けて「でも」と。
「それ以外にもさぁ、理由、あるんじゃないの? だって、星空に感動しただけならさ、わざわざ望遠鏡を使ってまで遠〜い遠〜い星を観察する必要、なくない?」
「そ、れは······」
「ね、本当の理由は?」
いつからそうしていたのか、先輩の視線は既に望遠鏡の方には向いておらず、俺の横顔を注視していたようで、思わず先輩の方へ首を向けた結果、パチリと先輩と目が合った。その瞳は今まで見たことがないほど真っ直ぐで、その表情は何処までも真剣な色を纏っていた。初めて見る、望先輩の顔だった。瞬時に俺は悟る。これは、茶化したり誤魔化したりしてはいけない場なのだと。
俺は先輩から視線を外し、望遠鏡の前にドカリと座り込んで目を閉じて······あの日の記憶を、あの時感じたことを、今一度体に、心に、呼び覚ます。そうして数瞬黙りこみ······目を、開けた。
「······可哀想だなって、思ったんです」
「可哀想?」
「はい。普段からいつもそこにちゃんと居るのに、肉眼で捕らえることが出来ない星たちのこと。こんな暗い山奥にまできてやっと見つけてもらえるような、小さくて淡くて弱々しいもの。例えここでならしっかり見えていると思っても、見えている星の数以上に、小さくて光すら見えないような星がまだまだたくさん宇宙には存在している。そこに居るのに見てもらえない、認識してもらえないのって、悲しいなって。そう、思ったんです」
初めて満天の星空を見た、まだ幼かった頃の自分は、そんなに難しいことなんて考えていなかったと思うけど。星を「綺麗だ」と思えるということは、視界に星を捕らえる必要があって。目に見えるものだけを見て満足して、見えているものに対してだけ俺は「綺麗だ」と賛辞を述べていた。しかし、人から見られることを知らない遙か遠くにある小さなかけらみたいな星々は、そんなありふれた「綺麗だ」という言葉すら掛けてもらえることはない。それは、物凄く失礼なことなんじゃないかと思うのだ。
数えたらキリなどないほど、無限かと思わせられるほど大量に存在している彼らを俺達は「星」という名称で一括りにし、まるでその全てを見知っているかのように「綺麗だ」と語るけれど。誰にも見つけられずに一人孤独に光を放つ星が、必ずこの宇宙の何処かに居るはずなのだ。そんな星達のことを、俺は見捨てたくないと思った。俺が見つけてやるんだ、って。俺がこの目で見て、ちゃんと心から「綺麗だ」って言ってやるんだ、って。俺の手で、目で······救ってやりたかったのだ、そういった星々を。
驚くことに何の抵抗もなく先輩相手にスルリと本音をぶつけてしまったわけだが、先輩は笑うでも揶揄うでもなく、ただ穏やかな表情で俺の話を聞き······そして「なぁんだ」と。俺の真隣まで移動してきたかと思うと、膝を抱えるようにしてそこに座り、俺を見つめたまま首をコテリと傾けた。
「俺と全くおんなじ理由じゃん。そりゃ、ゆーやくんに運命感じて当然だぁ」
「おん、なじ······?」
「そうだよ〜? だって俺、言ったじゃん。誰にも見られずに落ちていくはずだった星のかけらのこと、俺がちゃんと見届けてあげたいんだ。つまり、俺もゆーやくんも、孤独な星たちを救ってあげたいって気持ちは一緒なわけでしょ? だったらさ、おんなじだよ」
この人が天体観測部に入った理由。合宿の時にただぼうっと望遠鏡を覗き込んでいるだけだった理由。それらの疑問に、一人で勝手に納得した。流れ星なんて、流星群でも到来しない限りなかなか見ることなど出来ない。それを探すために、一つでも多く救うために、この人は······。
やる気がなさそうだとか、熱意が感じられないとか、先輩のそんな上辺だけ──見えている部分だけ──で“そういう人なんだ”と決めつけてしまっていた己の視野の狭さを恥ずかしく思う。人間だって宇宙と同じで、見えない部分の方が見えている部分よりも圧倒的に多いものなのだ。
「······俺、望先輩のこと誤解してました」
「え? なんて〜?」
「なんでもないでーす」
小さな声でそっと口にした俺なりの謝罪の言葉は、同時にふわりと通っていった風に攫われたのか先輩には届いていなかったみたいだが、聞かれていたら絶対この人はウザったい絡みをしてくる気しかしないので、これで良かったのだと思う。
「望先輩」
先輩の目を真っ直ぐ見つめて、俺は少しだけ微笑んだ。
「星のかけら······見つけましょうね」
見えている星も、見えていない星も、今日も変わらずそれぞれの定位置からそっと俺達を見つめている。そんな彼らに見守られながら、俺達もまた、望遠鏡越しに彼らの姿を見守るのだった。
1/14/2025, 4:36:10 PM