夜空の音

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窓から見える景色


「まま!まま!大変だよ!」
夏休みのある日、私は大発見をしてしまった。
大きな声に驚いて、母と弟が私の部屋へすっ飛んできた。
「なにしてるの?!危ない!」
母は驚いて悲鳴に近い声で叫んで私を叱責した。
それもそうだろう。私は2段ベットから身を乗り出して、窓を前回にして目の前の木に手を伸ばしていたのだ。落下防止柵があると言っても、出窓に乗った私には無意味な品物、1度手を滑らせたらそのまま1階へ真っ逆さままだ。
私のでも....という声を跳ね除けた母は、私を窓から離れさせた。
「落ちるから、あそこに乗っちゃダメ!絶対!」
叱られる私をニヤリと見ている弟を蹴りたくなる気持ちを抑えて、私は大人しく謝った。ここで反論するより、大人しくした方が早く大発見を言えると思ったからだ。

「おねぇちゃんなんだから、危ないことはしないの!真似するでしょ?わかった?」
「....はぁい。」
毎度お馴染みのおねぇちゃんなんだからは余計だ。と思いながら私は反省した振りをした。
「....まま、実はね、すごいの見つけちゃったの。」
母の怒りが治まったのを感じて、私は窓を指さす。
「鳥さんがおうち作っててね、卵があるんだ!」
「鳥?」
母が何言ってんだこいつ。みたいな顔と声でオウム返ししてきた。
「そう、鳥だよ。しっぽが長くて、くちばしが黒いの。ほっぺたがかわいいの!」
母を引っ張り、窓の側へ連れていく。
あれだよ!あの木の中!と、私が言おうとした言葉は先に取られた。
「葉っぱに隠れている!あの鳥なんて名前、ねぇね。」
「ほんとにいる!名前は分からないわねぇ。」
勝手にベットに登った弟が、私より先に私の大発見を大声で場所を漏らした。いつも美味しいとこを持っていくのがこの弟だ。
「そっか、あんたの部屋の前の木は道路から見たら完全に隠れるから、巣を作っても卵生まれても気づかれなかったのね。」
この日から、この鳥の家族を見守ることにした。
鳥の種類はヒヨドリと言うらしい。
夏休みが終わる頃、気づけば小鳥たちのピヨピヨというご飯を求める声も聞こえなくなった。巣立ちしたのだ。
私の自由研究もその頃できあがった。小学2年生にしては傑作だったと思う。ヒヨドリとその子ども達の成長。と題名をつけた。

それから2年後、4年生になった私は梅雨の明けた頃、カーテンを開くと懐かしい光景を目にした。
「ヒヨちゃん、帰ってきたんだ。おかえり。」
お母さんか、巣立った子か、別の子か、わからないがヒヨドリの巣が、あの日と同じ場所に出来上がっていた。よく見ると、まだ卵は産んでいなかった。
その年は、あまり騒がず、私だけで静かに見守った。そして、また巣立っていった。

それから更に、ヒヨドリ1回、ハト2回、そして、カラスが1回。私の部屋の前に巣を作った。
中学生最後の夏、カラスは、飛ぶ練習をして巣立っところを見送った。
1匹だけ飛べなくて、親兄弟に置いていかれたその1匹は、一緒に見ていた母と弟も「かわいそうに」の一言で見切りをつけて部屋に戻った。
でも、私にはそのカラスが、自分に重なった。
過度の期待、できる前提の話、できなかった時の捨てられる早さ、兄弟との差を目の前に突きつけられる、その絶望。
少しずつ、塵のように積もっていた私の心は、初めてのヒヨドリを見た頃と比べて、焼け爛れていた。
「がんばれ、お願い。がんばって。」
1時間、カラスが旅立てるその瞬間を祈りながら待った。
そしてその時が訪れた。
地に足をつけていた黒い塊はフワリと浮き上がり、重力を感じさせない軽やかな羽ばたきで、飛んだ。
カツン
私の目の前に、カラスは降り立った。
「カァ」
そう1声鳴くと、私の顔をじっと見つめた。
「....きれいだよ。あなたが飛んでる姿は、とてもきれい。私には羽がないけど、あなたは黒いきれいな翼がある。自由なんだよ。だから....」
うらやましい。
「あの空で自由に飛んで欲しいな。」
私の独り言を聞いたのか、カラスは飛び立った。青い空に、黒い羽が広がり、もう帰ってくることはなかった。
最後のカラスも巣立ったのだ。


ーーーー
「もうしにたい。」
寝れなくなって、もう数日が経った。
私が寝られなくても、時間は流れ、明日が始まってしまう。
出窓に腰掛けた私はiQOSを片手に窓の外を眺めた。
あのカラス以来、管理人にバレてしまったのか、住民に苦情を言われたのか。カラスや他の鳥の巣ができることを断固として許さないと言わんとかりに、葉を大量に切り落とし、巣が作れなくされてしまった。毎年、それまで以上に伐採日が増え、少しでも葉が生えると切られてしまう。
おかげで、あのカラスが最後の隣人になってしまった。
私の部屋も外から丸見え。中からも丸見え。
寂しくなった木越しに、向かいの電柱をぼんやりと眺めた。
つーっと足を冷たい液体が流れる。赤いそれ早く止血すべきだが、それすらしんどくて、煙を吸い込む。
「カラスになって、どこかに飛んでいきたい。そしたら、寝れないのもしにたいのも無くなるかもしれないのに。」
はぁと煙を吐き出しながら、再び電柱に目をやった私はあっと驚いた。
いつの間にか電柱に止まっていたカラスは、フワリと飛び上がりこちらへやってきた。思わず身構えた私と対照的に、カラスは木に降り立った。あのやせ細った窓の前の木だ。
カラスと目が合った私は、何とな既視感を覚えた。
「カァ」
カラスはそう一声だけ鳴いて、私を見た。
そう、あの日のように。

9/25/2024, 4:47:05 PM