霜月 朔(創作)

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記憶



瞼の裏に残るのは、
あの日の匂いと、雨の温度。
呼び掛けようとして、
声が喉の奥で、解けていく。

ただ、擦れ違っただけ、だった。
私と君を、そんな言葉で、
片づけられたなら、
どれだけ楽だっただろう。
そして、私は独り、
今も、ここにいるんだ。

夜を歩けば、溢れるのは、
記憶の中の君の影。
誰もいないのに、
口唇から溢れ落ちる、
君の名だけが、
風に残るんだ。

何故、忘れられないのだろう。
何故、消えてくれないのだろう。
一度断たれた糸を、
何度、結ぼうとしても、
解けてしまうのに。

遠くに君を感じる度、
堪らなく、笑いたくなって。
堪らなく、泣きたくなる。

記憶という名の檻に、
自分で鍵をかけて、
逃げられなくしているのは、
きっと、私自身なんだ。

きっと君は、還らない。
それでも、君を愛している。




〜〜〜〜〜〜

もう二度と


もう二度と、
あの声に包まれることはないと、
夜の隙間から溢れ落ちる、
夢の欠片が崩れる様を、
独り、眺める。

擦れ違いの果てに、
交わした言葉は、
刃よりも鋭く、静かに、
氷よりも冷たく、深く、
胸の奥を裂いていった。

別れを選んだのは、
確かにこの手だった。
なのに今も、心だけが、
あの面影を求めて彷徨う。

届きそうな距離に、
あの眼差しの残響がある。
その向こうで、
赦しを湛えた温もりが、
こちらに向けて、
その手を伸ばしていることは、
気付いている。

……だが、私には、
あの光に触れる資格など、もうない。
壊すことしか知らぬこの手で、
もう一度、その微笑みに触れるなど、
きっと、赦されはしない。

だから、この想いは、
風の中に置いてきた、
あの日のまま、
静かに終わらせたい。

強がりではない、と。
誰に言い訳するでも無く、
ただ。
その温もりを忘れぬように、
胸の奥にしまい込む。

もう二度と。
触れることも、
語ることもない。
ただ――
それほどまでに、
お前が、愛おしかったんだ。


3/25/2025, 2:50:04 PM