テーブルと椅子、小さめのクローゼットにベッドがひとつ。
そして壁一面に作り付けられた書架と、それを隙間なく埋めるたくさんの本。
薄暗く狭いこの部屋が、白の少女の世界のすべてだった。
「何か、恥ずかしい…お客様、呼ぶの初めて、だから」
書架に収まりきれず床に積み上がった本を見て、慌てる様子に苦笑する。
「俺の部屋もこんな感じだから、大丈夫」
ぽんぽんと軽く頭を撫で、徐に積み上がった本を一冊手に取った。何処か遠い国の風景を収めたものらしいそれの表紙に触れながら、書架に収まる本の背表紙を視線でたどる。
小説。図鑑。空や風景の写真集。
昼は外に出られない少女の憧れが、そこにあった。
「おばあちゃんがね、よく、買ってくれるの。それから、この上のは、昔の、ここにいた人の」
彼女の背では届かない高さにある本を指差し、そろそろ整理をするつもりだと笑う。
古びたそれらの背表紙のほとんどは難しい文字が並び、どんな内容なのかはわからない。辛うじて読める「薬草」「伝承」の文字から、中身がとても難しいものだと考えられるだけだ。
「シロが生まれる前にも、使ってた人がいたんだ」
「ん。昔からね、私のような子が生まれる事、時々あるって」
その時に使われていたのだと。
自分と同じ、夜にしか生きられなかったであろうかつての誰かを思ってか、浮かべる笑みが僅かに陰る。
それを見て、酷く胸が苦しくなった。
「ねえ」
本を戻し、彼女と視線を合わせる。
「今度、晴れたら星を見に行こうか」
息を飲み、戸惑うように揺れる赤朽葉色の瞳。
笑って小指を差し出せば、おずおずと同じように小指を差し出した。
「約束?」
「そ、約束」
小指を絡め、約束する。
自分にはきっと分からない。
夜しか生きられない苦しみ。朝を待つ事のできない悲しみ。
まるで座敷牢のような狭い部屋《せかい》に、繋がれて生きる事の恐怖を。
だからせめて、夜を憎んでしまわないように。
ほんの僅かな、自分にできる事を。
約束にふわりと咲う《わらう》少女に、そう願った。
20240605 『狭い部屋』
6/5/2024, 3:36:40 PM