《別れ際に》
私が彼と本部から帰宅する途中、狭めの路地に差し掛かった。
夕日が赤く辺りを照らすそこには、二人の若い男女が向かい合わせに立っていた。
どうしたんだろう?
不思議に思った私達は少し遠巻きに立ち止まり、事件などの何事かがないように様子を伺うことにした。
男の人が物憂げな表情を浮かべ、ぽつりと「実は別の女性に言い寄られてて…別れてほしいんだ。」と呟いた。
すると女の人は少し驚いたような表情になり、男の人を真っ直ぐに見つめた。
別れ話…。
なんて場面に居合わせちゃったんだろう。
私はそれを言われた女の人の心境を想像してしまい、心が苦しくなった。
隣りにいる彼を見上げると、同じことを思ったのかショックを受けたような彼と目が合った。
別れを口にされる寂しさ。私は、これを知っている。
もう二度と、その言葉は聞きたくない。
その時の辛さを思い出しながら私は彼から視線を外し、また若い男女に目を向けた。
すると、女の人は花が咲いたような鮮やかな笑顔になった。
とても晴れやかな、同性の私が見ても凄く綺麗な笑顔。
「分かったわ。なら、これで終わりにしてあげる。」
そして女の人は朗々と響く声でそう告げると、男の人がその笑顔に驚く間もなく右手がシュッと動いて。
男の人のみぞおちに、綺麗なボディブローが入った。
その腰にしっかり重心が置かれた見事なボディブローを受けた男の人は、悲鳴を上げる事も出来ずに身体をくの字に曲げて膝から崩れ落ちた。
それは、私の目にはスローモーションのように見えた。
道の真ん中に倒れ込んだ男の人を背に、女の人はスッキリした様子で道の向こうへと去っていった。
あまりにも見事な、別れ際の一撃だった。
これは…あの男の人は…。
「鍛え方が足りない。」
つい、私は口にしてしまった。
いつも隣りにいる軍人の彼を基準にしてしまうせいか、私はどうしてもその辺りの判定が厳しくなってしまう。
「いや、一般の人にそれを求めるのは無茶が過ぎます。それに、突っ込むべきはそこではないでしょう。」
思わずと言った感じの、彼の返事。
うん、まあ分かる。さっきの女の人のパンチ、本当に素人か疑いたくなる鋭さだったし。
何にしても倒れてる男の人を放置も出来ないので、二人でそっと近寄ってみる。
すると、道に頬を当てて涙を流しながらその人はボソボソと呟いていた。
「まさか…君がこんないいパンチを持ってたなんて…
俺が間違ってた…やはり俺には君しかいないんだ…」
その瞬間、辺りの空気が一瞬で凍った。
そ こ で 目 覚 め ま す か 。
まあ大丈夫そうではあるし、一人で自然と立ち直ってもらうのがここは得策なんだろうな。
これは、帝国では暴行罪のうちには入らないっぽいし。
無言で彼と目を合わす。どうやら彼も同じ意見みたいで、とりあえず一緒に一歩二歩と男の人から遠ざかる。
けれど、迂回できる道からはかなり離れている。
道に横たわりボソボソと呟きながら涙を流し続ける男の人を見ながら、私達は呆然と立ち尽くしてた。
「「横切るには気まずいにも程がある」」
9/29/2024, 4:25:53 AM